モンストラス・ムーンシャイン

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数学において、モンストラス・ムーンシャインもしくはムーンシャイン理論とは、モンスター群モジュラー函数、特に j-不変量との間の予期せぬ関係を指し示す用語、およびそれを記述する理論である。1979年にジョン・コンウェイ(John Conway)とシモン・ノートンEnglish版(Simon Norton)により命名された。今ではその背景として、モンスター群を対称性として持つある共形場理論があることが知られている。コンウェイとノートンによって考案されたムーンシャイン予想は1992年、リチャード・ボーチャーズ(Richard Borcherds)により、弦理論頂点作用素代数English版(vertex operator algebra)、一般カッツ・ムーディ代数を用いて証明された。

歴史

1978年、ジョン・マッカイEnglish版(John McKay)は、j (τ)フーリエ展開オンライン整数列大辞典の数列 A000521)の最初のいくつかの項の係数

[math]j(\tau) = \frac{1}{{q}} + 744 + 196884{q} + 21493760{q}^2 + 864299970{q}^3 + 20245856256{q}^4 + \cdots[/math]

が、モンスター群 M の既約表現の次元 [math]r_n[/math]オンライン整数列大辞典の数列 A001379 )の、小さな非負実数を係数とする線型結合として表し得ることを発見した(ここで、[math]{q} = e^{2\pi i\tau}[/math] 、τ は半周期比率English版(half-period ratio))。 実際、[math]r_n[/math] = 1, 196883, 21296876, 842609326, 18538750076, 19360062527, 293553734298, ... とすると、

[math]\begin{align} 1 & = r_1 \\ 196884 & = r_1 + r_2 \\ 21493760 & = r_1 + r_2 + r_3 \\ 864299970 & = 2r_1 + 2r_2 + r_3 + r_4 \\ 20245856256& = 3r_1 + 3r_2 + r_3 + 2r_4+ r_5\\ 333202640600 & =5r_1 +5r_2+2r_3+3r_4+2r_5+r_7 \\ \end{align}[/math]

となる。

( rn の間には [math]r_1 - r_3 + r_4 + r_5 - r_6 = 0[/math] のように多くの線型関係が存在するので、このような表現には複数の方法が存在することがある。)マッカイは、この証拠として、M の自然に発生する無限次元の次数付き表現が存在することを見つけ、この表現の次数次元が j の係数で与えられ、上記のように低いウェイトの部分が既約表現へ分解することを発見した。マッカイがジョン・トンプソン(John G. Thompson)にこの発見の話をすると、トンプソンは、次数の次元がまさに単位元の次数トレースとなっているので、そのような表現の上の M の 非自明元 g の次数付きトレースが、同じく注目すべき対象となると示唆した。

コンウェイとノートンは、今日マッカイ・トンプソン級数English版(McKay–Thompson series) Tg として知られているそのような次数付きトレースの低い次数を計算し、トレースのすべてが Hauptmodul の展開として現れることを発見した。言い換えると、Gg は、Tg を固定したSL2(R)English版の部分群であれば、複素平面上半平面の Gg によるが、有限個の点を取り去った球面となり、さらに Tg はこの球面の上の有理函数を生成する。

彼らの計算を基礎として、コンウェイとノートンは Hauptmodul のリストを作成し、M の無限次元の次数付き表現の存在を予想した。次数付きトレース Tg は正確にこれらのリストの函数の展開となる。

1980年、オリバー・アトキンEnglish版(A. Oliver L. Atkin)とポール・フォング(Paul Fong)とステファン・スミス(Stephen D. Smith)は、そのような次数付き表現が存在し、計算機での計算することで、トンプソンの発見した境界の差異を無視すると(upto) M の表現の(次元の)中へ j の係数が分解することを示した。イーゴル・フレンケルEnglish版(Igor Frenkel)とジェームズ・レポウスキーEnglish版(James Lepowsky)は、明確に、表現を構成し、マッカイ・トンプソン予想が有効であるという答えを与えた。さらに彼らは、構成したムーンシャイン加群 [math]V^\natural[/math] と呼ばれるベクトル空間が、頂点作用素代数English版(vertex operator algebra)の加法構造を持ち、その自己同型群が正確に M に一致することを示した。

ボーチャーズは1992年にムーンシャインモジュールについてのコンウェイとノートンの予想を証明し、1998年にこの予想の解決をひとつの根拠として、フィールズ賞を受賞した。

モンスター加群

フレンケル・レポースキー・ミュールマンの構成は2つのツールを使用している。

  1. ランク n の偶の格子 L の格子頂点作用素代数 VL の構成。物理の言葉では、これはトーラス Rn/L の上にコンパクト化(Compactification)されたボゾン弦のカイラル代数である。カイラル代数は、大まかには、n-次元の振動子表現を持つ L の群環のテンソル積として記述される(可算無限個の生成子を持つ多項式環と同型となる)問題のケースでは、L をランクが 24 のリーチ格子English版(Leech lattice)とすることができる。
  2. オービフォールドEnglish版(orbifold)構成。 物理学の言葉では、これは商軌道体の上を伝搬するボゾン弦を記述する。フレンケル・レポウスキー・ミュールマンの構成は、最初は共形場理論の中に現れる軌道体であった。リーチ格子の -1 の対合(–1 involution)について、VL の対合 h と既約な h-ツイストした VL加群が存在し、h をリフトして対合の性質を引き継ぐ。ムーンシャイン加群を得るには、VL の直和の中の h の不動点の部分空間とし、そのツイストしたEnglish版加群をとればよい。

フレンケル、レポウスキ、ミュールマンは、ムーンシャイン、加群の自己同型群が頂点作用素代数として M であり、その次数付きの次元は j のフーリエ展開を与えることをしめした。Frenkel, Lepowsky & Meurman (1988)

ボーチャーズの証明

リチャード・ボーチャーズ(Richard Borcherds)のコンウェイとノートンによる予想の証明は、次の主要なステップに分けることができる。

  1. 自己同型による M の作用と次数つき次元 j を持つ頂点代数 V から始める。これがムーンシャインか群によってもたらされ、モンスター頂点代数とか、モンスターVOAとかと呼ばれる。
  2. モンスターリー代数English版と呼ばれるリー代数 [math]\mathfrak{m}[/math] は量子化函手を使い V から構成される。このリー代数が、自己同型によるモンスター作用を持つ一般カッツ・ムーディリー代数である。 弦理論ゴダード・ソーンの「ノーゴースト」定理English版(Goddard–Thorn "no-ghost" theorem)を使い、余地の重なりが j の係数であることを発見した。
  3. ルートの多重度を比較することにより、2つのリー代数が同型であることが分かり、特に [math]\mathfrak{m}[/math] のワイルの分母公式(Weyl denominator formula)は正確に小池・ノートン・ザギア恒等式に一致する。
  4. リー代数ホモロジーEnglish版アダムズ作用素English版を使うことにより、ツイストされた分母公式は、各々の元に対してあたえられる。これらの等式は、マッカイ・トンプソンの級数 Tg の多くの同じ方法で関係づけられている。同じ方法とは、小池・ノートン・ザギアの恒等式が j に関連付ける方法である。
  5. ツイストされた分母公式は、Tg の係数の再帰的な関係式を意味していて、これらの関係式は充分に強力で、最初の 7つの項がコンウェイ・ノートンにより与えられた函数に一致することを検証に必要に充分である。

このようにして、証明は完成した(Borcherds (1992))。ボーチャーズが後に語る所によると「ムーンシャイン予想を証明した際、私はまさに月をも飛び超えるほどの舞い上がり様でした。」「ある種の薬物を摂取した人の感じる気分とはこれの事なのかと、偶に思ったりもします。その仮説を検証した事は無いので、定かではありませんが。」[1]

一般化されたムーンシャイン

コンウェイとノートンは、1979年の論文で「ムーンシャインは恐らくモンスターに限るものではなく、同様の現象が他の群でも起こりうるのではないか」と示唆している。1980年に、ラリッサ・クイーン(Larissa Queen)たちは、実際には、多くの散在群English版の次元の単純な組み合わせから多くの Hauptmodul (McKay-Thompson series Tg) を構成することができることを発見した。

1987年、ノートンはクイーンの結果と彼の計算を組み合わせ、一般化されたムーンシャイン予想を定式化した。この予想は、モンスターの各々の元 g、次数付きベクトル空間 V(g)、各々の元と元の交換子 (g, h)、に対して、正則函数 f(g, h, τ) を関係づける規則があり、次の条件を満たすという予想である。

  1. 各々の V(g) は、M の点である g の中心化元の次数付き射影表現である。
  2. 各々の f(g,h,τ) は、定数函数かもしくは、Hauptmodul である。
  3. 各々の f(g,h,τ) は、M の元 g, h の同時共役の下に不変である。
  4. 各々の (g,h) に対し、V(g) 上の線型変換へのリフト h が存在し、f(g,h,τ) の表現が次数付きトレースによって与えられる。
  5. 任意の [math]\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \in SL_2(\mathbf{Z})[/math] に対し、[math]f\left(g, h, \frac{a\tau + b}{c\tau + d}\right)[/math][math]f\left(g^a h^c, g^b h^d, \tau\right)[/math] に比例する。
  6. f(g,h,τ) が j に比例することと、g = h = 1 とは同値である。

この予想は、コンウェイ・ノートンの予想の一般化である。その理由は、ボーチャーズの定理が、g が恒等元として設定されているときの場合に関係しているからである。今日まで、この予想は未解決である。

コンウェイ・ノートンの予想のように、一般化されたムーンシャイン予想もまた、物理的な解釈をもっていて、1988年にディクソン・ギンスパーク・ハーヴィ(Dixon-Ginsparg-Harvey)により提案されたDixon, Ginsparg & Harvey (1989)。かれらはベクトル空間 V(g) をモンスター対称性を持った共形場理論のツイストされたセクターとして、また、函数 f(g,h,τ) の乗法的数列の種数 1 を分配函数の種数として解釈した。そこでは、ツイストされた境界条件に沿って貼り合わせることでトーラスを作ることができる。数学のことばでは、ツイストしたセクターは既約なツイストした加群で、分配函数は主モンスターバンドルを持つ楕円曲線に対応し、バンドルの同型タイプは 1-サイクルの基底(basis)、つまり可換な元のペアに沿ったモノドロミーにより記述される。

量子重力との予想される関係

2007年、エドワード・ウィッテン(Edward Witten)は、AdS/CFT対応が (2+1)-次元の反ド・ジッター空間English版の純粋量子重力と、臨界で正則CFTの間の双対性を主張していると示唆した。(2+1)-次元の純粋重力は自由度を持たないが、しかし宇宙定数が負のときにBTZブラックホール解が存在するために非自明なことが起きる。ハーン(G. Höhn)により導入された臨界CFTは、低エネルギーではヴィラソロプライマリー場を持たないということにより特徴づけられ、ムーシャイン加群が一つの例となっている。

ウィッテンの提案(Witten (2007))に従うと、AdS空間内の最大の負の宇宙定数を持つ重力は、中心電荷 [math]c=24[/math] でCFTの分配函数がちょうど [math]j-744[/math] となる正則CFTのAdS/CFT双対である。この正則CFTは、ムーンシャイン加群の次数付き指標(character)である。フレンケル・レポウスキー・ミュールマンの予想であるムーンシャイン加群は、中心電荷が 24 で指標が [math]j-744[/math] である唯一の正則頂点作用素代数(VOA)であるという予想を前提として、ウィッテンは最大の負の宇宙定数を持つ純粋重力は、モンスターCFTの双対であると結論づけた。ウィッテンの提案の一部として、ヴィラソロプライマリー場はブラックホールを生成する作用素の双対であり、整合性チェックとして、彼は大きな質量境界で与えられたブラックホールのベッケンシュタイン・ホーキングの準古典エントロピーの見積もりと、対応するムーンシャイン加群のヴィラソロプライマリーの多重度の対数が一致することを発見した。小さな質量領域では、エントロピーに対して小さな量子補正が存在し、最も小さなエネルギーのプライマリー場は、[math]\log(196883)\sim12.19[/math]である。一方、ベッケンシュタイン・ホーキングの見積もりは[math]4\pi\sim12.57[/math]である。

後日、ウィッテンは提案を精査した。ウィッテンは大きな宇宙定数をもつ臨界CFTは、ミニマルな場合のようなモンスター対称性を持つかもしれないとの見通しを与えた。しかし、ガイオット(Gaiotto)とハーン(Höhn)の独立した仕事によりすぐにこの提案は棄却された。マロニーとウィッテンの論文(Maloney & Witten (2007))は、複雑な鞍点が微妙な性質があるうまい条件を満たすという微妙な性質を持たない限り、純粋重力は分配函数に関係する整合性チェックを満たさないかもしれないと示唆した。しかしながら、リ、ソン、ストロミンジャー(Li, Song & Strominger (2008))は、モンスターCFTのカイラル部分の双対であること、つまり、モンスター頂点代数であるとき、マスコット(Maschot)により2007年に提案されたカイラル重力がより安定な性質をもつかもしれないことを示唆した。ダンカンとフレンケル(Duncan & Frenkel (2009))は、ラーデマッハーの和English版を使い、この双対性の証拠をさらに加え、大域的トーラス同種(isogeny)幾何学上の正規化された和を使い、(2+1)-次元重力の分配函数としてマッカイ・トンプソン級数を再現した。さらに、彼らは、モンスターの元でパラメトライズされるツイストしたカイラル重力の族の存在を予想し、一般化されたムーンシャインや重力インスタントンとの関係を示唆した。現在のところ、これら全てのアイデアは、むしろ期待でしかなく、その理由の一つとしては、3-次元量子重力が厳密な数学的な基礎を持っていないことにある。

マチュームーンシャイン

2010年、江口徹、大栗博司、立川祐二は、K3曲面上の楕円種数が N=(4,4) 超共形代数English版の指標へ分解することができ、有質量状態English版の多重度がマチュー群 M24English版(Mathieu group M24)の既約表現の単純な結合のように見えることを発見した。このことは、M24 対称性を持つ対象空間としてK3曲面を持つシグマモデルの共形場理論が存在することを示唆している。しかし、向井・近藤分類によると、シンプレクティック自己同型English版による任意のK3曲面の上のこの群には忠実表現English版がなく、ガバルディエール(Gaberdiel)、ホーエンネッガー(Hohenegger)、ボロパト(Volpato)によると、任意のK3シグマモデルの共形場理論には忠実表現が存在しないという議論があり、基礎となるヒルベルト空間上に作用が現れないことがいまだにミステリーになっている。

マッカイ・トンプソン級数の類似で、チェン(M. Cheng)は、多重乗法函数English版(multiplicity function)も M24 の非自明元の次数付きトレースも両方とも、モックモジュラー形式English版(Mock modular form)を形成することを示唆している。2012年、ガノン(Gannon)は、多重度の最初のものだけは M24の表現の非負な整数係数の線形結合であることを証明し、ガバルディエール(Gaberdiel)、パーソン(Persson)、ローネレンフィッチ(Ronellenfitsch)、ボロパト(Volpato)は、一般化されたムーンシャイン函数のすべての類似物を計算し、強くマチュー・ムーンシャインの背後に正則共形場理論の類似物が存在することを強く示唆した。2012年には、チェン(Cheng), ダンカン(Duncan), とハーヴィーEnglish版(Harvey)は、アンブラル・ムーシャイン(umbral moonshine)現象の数値的な証拠を積み上げ、そこではモックモジュラ形式がナイエメイヤー格子(Niemeier lattice)に付随して現れることを示した。A124 の特別な場合はマチュー・ムーンシャインであるが、一般的には、未だこの現象は幾何学的な解釈は持っていない。

何故「モンストラス・ムーンシャイン」なのか?

「モンストラス・ムーンシャイン(monstrous moonshine)」という言葉は、コンウェイにより命名された。彼は、1970年代にジョン・マッカイEnglish版(John McKay)から [math]{q}[/math] の係数(つまり、196884)は、グライス代数English版(Griess algebra)の次元に正確に一致すると聞いた(従って、モンスター群の最小な忠実複素表現の次数よりも 1 だけ大きい)ときに、これは気が狂いじみていて、馬鹿げた考え方であるいう意味"moonshine"との返答をした。[2] このようにして、この言葉は、モンスター群 M を意味するだけではなく、M とモジュラ函数の間の本質的な関係の馬鹿馬鹿しく見えることをも意味している。

しかしながら、「ムーンシャイン」はアメリカにおける密造ウィスキーの俗語でもあり、事実、この意味から同じように説明される。モンスター群は、1970年代に数学者であるジャン・ピェール・セール(Jean-Pierre Serre)やアンリュー・オッグEnglish版(Andrew Ogg)やジョン・G・トンプソン(John G. Thompson)により研究され、彼らは SL2(R) の部分群による双曲平面English版として研究した。特に、SL(2,R) の中のモジュラ群 Γ0(p) [3]正規化因子English版 Γ0(p)+ を研究した。彼らは、リーマン面を双曲面を Γ0(p)+ で割った商とみることにより、(リーマン面の)種数がゼロとなることと、p が 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 41, 47, 59, 71 のいづれかであることと同値であることを発見した。オッグ(Ogg)が後日にモンスター群について聞いたときに、これらは M のサイズの第一因子English版になることに気付き、彼はこの事実を説明できた人がいれば、ジャックダニエルのボトルを進呈すると論文に記載した。Ogg (1974)


脚注

  1. Roberts, Siobhan (2009), King of Infinite Space: Donald Coxeter, the Man Who Saved Geometry, Bloomsbury Publishing USA, p. 361, ISBN 9780802718327, http://books.google.com/books?id=shuJFCWWql4C&pg=PA361 .
  2. World Wide Words: Moonshine
  3. 与えられた正の整数 r に対し、モジュラ群 Γ0(r) は次のように定義される。
    [math]\Gamma_0(r) := \left\{\begin{bmatrix} a&b\\c&d \end{bmatrix} \in \Gamma : c\equiv 0\mod r\right\}.[/math]
    素数 p に対して、集合
    [math]R_\Gamma \cup \bigcup_{k=0}^{p-1} ST^k(R_\Gamma)[/math]
    (ここに Sτ = −1/τ であり、Tτ = τ + 1 とする)は、Γ0(r) の基本領域である。

参考文献

外部リンク