マリーン5清水屋
マリーン5清水屋 Marine5 Shimizuya | |
---|---|
店舗概要 | |
所在地 |
〒998-0044 山形県酒田市中町二丁目5番1号 |
座標 | 東経139度50分10.5秒北緯38.916417度 東経139.83625度 |
開業日 | 2012年(平成24年)3月5日 |
正式名称 | 酒田セントラルビル |
施設所有者 | 株式会社マリーン5清水屋 |
施設管理者 | 株式会社マリーン5清水屋 |
前身 |
清水屋 ↓ 中合 清水屋店 |
最寄駅 | JR酒田駅 |
外部リンク | http://marine5-shimizuya.com/ |
株式会社マリーン5清水屋(マリーンファイブしみずや)とは、山形県酒田市に本社を置く日本の百貨店である。日本百貨店協会には非加盟。
Contents
歴史・概要
開業から中合との合併まで
1950年(昭和25年)6月に青塚富次郎が有限会社清水屋縫製所を元に株式会社清水屋百貨店を設立して百貨店を開業したのが始まりである。
店内で個展を開いた彫刻家・木内克に当時の社長・青塚義一が依頼して制作させた彫刻「人魚之像」を1973年(昭和48年)の改築に合わせて正面に装飾を行ったり、様々な展覧会を開くなど文化面でも熱心な百貨店として知られていた。
1973年(昭和48年)9月1日には大食堂を兼ねて佐藤久一に依頼して『ル・ポットフー』を開設。太田政宏シェフの作る庄内産の食材を生かした「フランス風郷土料理」を提供し、1974年(昭和49年)10月に訪れた開高健に「今日は生れて初めての体験をしました」と言わしめ、その開高から話を聞いた丸谷才一が自著『食通知ったかぶり』で『裏日本随一のフランス料理』と評価するなど大変な評判となった。
1976年(昭和51年)10月29日に発生した酒田大火では焼失を免れ従来通り営業していたが、1978年(昭和53年)10月にその復興に伴い建設されることとなった「マリーン5」(酒田セントラルビル)に移転して現在の店舗となった。
1982年(昭和57年)から業務・資本提携していたダイエーのグループ会社であった中合(百貨店運営、福島市)と1994年(平成6年)9月1日に合併。店舗の運営を中合が引き継ぎ、店名が「中合清水屋店」となった。
中合の撤退から再出発まで
酒田市の繁華街である「中町」の中核店舗として、そして山形県庄内地方唯一の百貨店として親しまれてきたが、1997年(平成9年)に売上高53億円を記録したのをピークに、イオン酒田南店やイオンモール三川などの郊外型大型店の競合や、リーマン・ショック以降の不況による消費低迷で売上が減少、2009年(平成21年)には前年比9.9%減の25.61億円と半分以下に落ち込み、5年連続で経常損失を計上した。その後2011年(平成23年)1月6日、今後も改善が見込めないことを理由に、2012年(平成24年)2月を以て中合が撤退することを表明した[1][2]。
この発表を受け、2011年(平成23年)1月17日には市、県、商工会議所、地元商店街などからなる「中合清水屋店緊急対策協議会」が設立され、不動産管理会社「マリーン5」を支援して営業継続の道を探ることとなり、日本大学文理学部の仲川秀樹教授らによる「百貨店の重要性と存在価値」をテーマにしたシンポジウム「2011年中町シンポジウム」の開催やフィールドワークなど、様々な支援が行われた。
そして、中合清水屋の入居するセントラルビルの管理会社である株式会社マリーン5が、2011年(平成23年)6月に株式会社マリーン5清水屋に改称。そのうえで、2012年(平成24年)2月28日、マリーン5清水屋が同年2月23日に中合と部分譲渡契約を結び、営業を引き継ぐことを正式に発表した。
元々中合は撤退後も店舗を残す方向で考えていたことも手伝い、社員80名中73名を引き継ぐなど従業者数も約250名のままで、テナント23店も1店を除いて引き続き営業するほか、インショップ形式で展開するアパレル業者などもほぼ全てが営業するなど既存の店舗を最大限引き継ぐ形となった。同年2月29日に「中合清水屋店」としての営業を終了してから、僅か4日間の休業中にレジなどを入れ替え、3月5日には「マリーン5清水屋」として再出発した[1]。
マリーン5清水屋として
再出発にあたっては、次のようなテコ入れが行なわれた。
- 蕎麦・うどん・和食の店や、清水屋の旧店舗時代に『裏日本随一のフランス料理』と評された『ル・ポットフー』のシェフだった太田政宏が監修するレストランの2店を開設。
- 上記2店による惣菜を食品売り場で販売するほか、酒田天然ガスとの共催で、太田シェフが講師を務める料理教室を開くなど、地元の協力を得て食関連を強化。
- 庄内地区最大の書店となる宮脇書店を招致。このほか、託児所、ヤマダ電機など新たなテナントを導入。
- 百貨店としては初めて、直営の「アニメ・同人誌売場」を開設。アニメイト等で取り扱っているグッズを商品展開する。
- 外商百貨店系アパレル業者などとの取引を中合から引き継ぎ、外販部員を従来の2倍である12人として、総合スーパーなどと差別化。
2012年3月23日には、プレオープンとしてテープカットなどのセレモニーを行った。その後、順次商品の入れ替えや売場改装を行い、同年10月3日に改装を終えてグランドオープンを迎えた。
オブジェ
- ふれあいの門
- 人魚之像
沿革
- 清水屋
- 1950年(昭和25年)6月 - 株式会社清水屋として発足。
- 1976年(昭和51年)10月29日 - 酒田大火が発生。店舗は罹災を免れた。
- 1978年(昭和53年)10月29日 - 酒田大火から2年のこの日、酒田セントラルビルのキーテナントとして移転オープン。
- 1982年(昭和57年) - 株式会社ダイエーと業務・資本提携開始。株式会社十字屋と業務提携開始。大沼酒田店などの競争による業績不振による。なお、大丸との業務提携は続けていた。[3]
- 1994年(平成6年)9月1日 - 株式会社清水屋が、福島県福島市の株式会社中合と対等合併。店名も「中合清水屋店」に改称。また、同時に2階・3階婦人服売り場の大規模なリモデルを実施。[4]
- 中合(中合清水屋)
- 1994年(平成6年)9月1日 - 中合運営の「中合清水屋店」となる。
- 2011年(平成23年)1月6日 - 中合が2012年2月29日をもって清水屋店を閉店・撤退することを発表。
- 2012年(平成24年)2月29日 - 中合清水屋店が閉店。営業権が株式会社マリーン5清水屋へ譲渡される。
- マリーン5清水屋
- 1977年(昭和52年)9月 - 株式会社酒田セントラルビル設立。後に清水屋がキーテナントとして入居する「酒田セントラルビル」の管理会社。
- 2007年(平成19年)5月 - 法人が株式会社マリーン5に改称。
- 2011年(平成23年)6月 - 法人が株式会社マリーン5清水屋に改称。
- 2012年(平成24年)
各階フロア構成
階 | フロア概要 |
---|---|
6F | イベントホール |
5F | 子供服・玩具・レストランとゲーム・催事のフロア |
4F | 書籍と暮らしのフロア |
3F | レディス(ミセス)・メンズファッションのフロア〔駐車場連絡口〕 |
2F | レディス(ヤング・キャリア)ファッションのフロア |
1F | おしゃれ雑貨と食品のフロア |
- 5階 - 子供服・玩具・レストランとゲーム・催事のフロア
- 4階 - 書籍と暮らしのフロア
- 3階 - レディス・メンズファッションのフロア
- ミセス婦人服(ジャンルネ・アヴェニュー・沙由梨・詩仙堂・ロベリア・イトキンなど)
- 紳士服・ネクタイ・ワイシャツ(ゴールデンベア・五大陸・Jプレス・ルコックスポルティフなど)
- 総合サービスカウンター・宝くじ売り場
- 2階 - レディスファッションのフロア
- ヤング・キャリア婦人服(23区・組曲・Jプレスなど)
- 大きいサイズの婦人服(23区L・自由区L)
- ヤングショップなど)
- 婦人肌着・下着(ワコール)
- 1階 - おしゃれ雑貨と食品のフロア
参考文献
- “酒田・清水屋店撤退を正式表明 正社員は異動、契約社員は打ち切り”. 山形新聞 (山形新聞社). (2011年1月6日)
- “中合、酒田市の清水屋店運営撤退へ 庄内唯一の百貨店”. 山形新聞 (山形新聞社). (2010年11月28日)
- “マリーン5清水屋、営業スタート 23日にプレオープン”. 山形新聞 (山形新聞社). (2012年3月5日)
- “マリーン5が「中合」百貨店事業を継承 5日営業開始、10月に完全オープン”. 山形新聞 (山形新聞社). (2012年2月29日)
- “中合清水屋:新生「清水屋」、来月5日に再スタート 庄内に百貨店残る”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2012年2月29日)
- “酒田の清水屋、営業継続へ マリーン5、中合から継承”. 河北新報 (河北新報社). (2011-2-29)
- “「マリーン5清水屋」に 3月5日に再スタート”. 荘内日報 (荘内日報社). (2012年3月1日)
- “人魚之像 里帰り 酒田の“象徴” 30年ぶり清水屋前に移設”. 荘内日報 (荘内日報社). (2009年7月3日)
- “酒田の清水屋、来年2月に閉店 売上高はピーク時の半分”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2011年1月7日)
- “清水屋撤退で対策協立ち上げ 酒田市・商議所など”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2011年1月18日)
- “本紙単独インタビュー 新百貨店で質高いサービス提供 清水屋店閉店後の3月に開店”. コミュニティ新聞 (コミュニティ新聞社). (2011年11月4日)
- “酒田中心市街地で百貨店の価値探る 日大学生、今秋市民交えシンポ”. 山形新聞 (山形新聞社). (2011年7月5日)
- “名称変え 来月5日再開 酒田の中合 「マリーン5清水屋」に従業員再雇用へ”. 読売新聞 (読売新聞社). (2012年2月29日)
- 岡田芳郎 『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』 講談社、2008年。ISBN 9784062143608。
- 丸谷才一 『食通知ったかぶり』 文芸春秋社、1979年。
- 仲川秀樹 『コンパクトシティと百貨店の社会学―酒田「マリーン5清水屋」をキーにした中心市街地再生』 学文社、2012年。ISBN 9784762022494。
- 堀正. “酒田市のモニュメント”. 版画センターニュース PRINT COMMUNICATION No.44 (現代版画センター) (1979-2-1).
- “山形県内の次のデパートの前身と百貨店として創業を開始した時期が知りたい。1丸久松坂屋 山形市、2岩淵第一百貨店 山形市、3清水屋百貨店 酒田市”. 国立国会図書館レファレンス協同データベース. . 2012閲覧.
- “酒田商工会議所100年の軌跡-発展期”. 酒田商工会議所. . 2012閲覧.
- “復興のあゆみ-商店街の再編と復興 - 酒田市”. 酒田市. . 2012閲覧.
脚注
- ↑ 1.0 1.1 “中心市街地に再びにぎわいを!一度は閉店した百貨店がまさかの復活”. JB Press. (2013年1月11日) . 2014-2-24閲覧.
- ↑ “百貨店の中合、酒田市の店舗撤退を正式発表”. 日本経済新聞. (2011年1月7日) . 2014-2-24閲覧.
- ↑ “清水屋,ダイエーと提携 酒田 30%出資とー役員迎え”. 山形新聞. (19821019)
- ↑ SPOON編集部 (1994). 月刊SPOON1994年9月号. 小松写真印刷.