ペリアース
ペリアース(古希: Πελίας, Peliās)は、ギリシア神話に登場するイオールコスの王である。長母音を省略してペリアスとも表記される。
コルキスの黄金の羊の皮の探索をイアーソーンに命じ、アルゴナウタイの冒険の原因を作った。ポセイドーンとテューローの子。テッサリアでビアースの娘アナクシビアーを妻として、アカストス、ペイシディケー、ペロペイア、ヒッポトエー、アルケースティスを得た。一説には、妻としたのはアムピーオーンの娘ピューロマケーだともいう。
神話
生い立ち、イオールコスの王へ
サルモーネウスとアルキディケーの娘テューローは母を早く亡くし、サルモーネウスの後妻となったシデーローに虐待を受けた。テューローは河神エニーペウス[1]に恋し、いつもエニーペウス川のそばで悲嘆の心を訴えていた。これを見たポセイドーンはエニーペウスに化けてテューローと交わり、やがてテューローは密かに双子を産んだが、シデーローに見つかることを恐れてこれを捨てた。テューローは内部をくり抜いた木の箱に赤子を入れて川に流したという。
双子の赤ん坊は、馬飼いたちに拾われ、養育された。その際、馬のひづめが赤ん坊のひとりに当たって顔に痣(ペリオン)ができた。馬飼いは痣のついた方をペリアース、もうひとりをネーレウスと名付けた。二人の兄弟は成人すると、母親が虐待されたことを知り、シデーローを襲った。シデーローはヘーラーの神域に逃れたが、ペリアースはヘーラーの祭壇の上で彼女を斬り殺した。これ以降もペリアースはヘーラーをないがしろにした。
テューローは、サルモーネウスの兄弟でイオールコスの王クレーテウスの妻となり、アイソーン、アミュターオーン、ペレースを生んだ。ペリアースとネーレウスはクレーテウスの養子に迎えられた。クレーテウスが死ぬと、ペリアースはネーレウスを追放してイオールコスの王座を継いだ。このとき、クレーテウスの実子アイソーンを捕らえて妻子ともに監禁したともいう[2]。追放されたネーレウスはメッセーネーに来てピュロスを建設した。
イアーソーンの派遣
ペリアースが王権に関して神託を乞うたところ、「片足のサンダルの男に注意すべし」との託宣があった。海辺でポセイドーンに犠牲を捧げるときに、アイソーンの息子イアーソーンも呼んだ[3]。イアーソーンが来ると、彼はサンダルを片足にしか履いていなかった。イアーソーンがアナウロス河を渡ろうとしたとき、ひとりの老女に頼まれて彼女を背負って渡ったところ、その意外な重さに思わずよろめいてサンダルを流れに落としてしまった。この老女はヘーラーで、ペリアースがヘーラーへの生け贄をやめてしまったので、罰することにしたのだという。これを見たペリアースは神託を思い出し、イアーソーンに対して「市民の一人の手によって殺されるというお告げがあったとしたら、おまえならその男をどうするか」と問うた。イアーソーンは、「私なら、コルキスの金羊毛の皮を持って帰るように命じるでしょう」と答えた。ペリアースは直ちにイアーソーンにその皮を取りに行くように命じた。このときイアーソーンは王位を要求し、ペリアースはイアーソーンに王位を譲る条件としてコルキス行きを命じたともいう。金羊毛の皮の探索については、イアーソーン及びアルゴナウタイの項目を参照のこと。
ペリアースの死
アルゴ船が出港して数ヶ月が経ってもアルゴナウタイは戻らず、テッサリアでは彼らはみな死んだと噂されるようになった。ペリアースはイアーソーンらはもう帰ってこないものと信じ、監禁していたアイソーンを殺そうとした。アイソーンは自決を願って自ら死に、イアーソーンの母親ポリュメーレーもまたペリアースを呪って縊れ死んだ[4]。二人には幼い子供プロマコスもあったが、ペリアースはこれも殺した。
このことは、イオールコスのパガサイ湾に帰り着いたアルゴナウタイにも伝えられた。イアーソーンはペリアースへの復讐を念じたが、アルゴナウタイにはペリアースの息子アカストスもいたため、ペリアースを殺すという合意は難しく思われた。そこでイアーソーンはメーデイアに相談し、メーデイアは単身でイオールコスの王宮に乗り込んだ。メーデイアははじめ老婆の姿をとってアルテミスの使いだと名乗った。ペリアースの目の前で自らの老いの影を取り去ると、本来の若い姿に戻り、恩寵によって王もこのように若返らせることができると告げた。さらに牡羊を八つ裂きにして煮ると、仔羊となって現れ、ペリアースの娘たちに父親を同様にするよう説いた。娘たちはこれを信用して、ペリアースを切り刻んで煮た[5]。
葬礼競技
ペリアースが死んだ翌日、イアーソーンは彼のために葬礼競技を開いた。アルゴナウタイがこれに参加し、2頭立ての戦車競走でエウペーモスが、拳闘でポリュデウケースが、槍投げでメレアグロスが、相撲でペーレウスが、短距離走でゼーテースが、長距離走でカライスが、自由闘技でヘーラクレース[6]が、それぞれ優勝した。しかし、4頭立ての戦車競走では、アプロディーテーの薬草によって狂わされた馬たちが、シーシュポスの息子グラウコス[7]をむさぼり食うという事件が起こった。なお、カリマコスによれば、徒歩競走で勝ったのは女狩人のキューレーネーだったとする。
イオールコスの民はペリアース殺害に怒り、イアーソーンは王位をアカストスに譲った。アカストスはイオールコスの住民とともに父親を葬り、イアーソーンとメーデイアを追放処分とした。
系図
脚注
- ↑ カール・ケレーニイによれば、エニーペウスとはポセイドーンの異名であった。
- ↑ ペリアースは「アイオロスの後裔に殺される」との予言を受けていたためとされる。
- ↑ アイソーンが監禁されたとする説では、イアーソーンはペーリオン山でケイローンに養育されていて、監禁を免れていた。
- ↑ アイソーンは監禁も自決も迫られず、メーデイアの魔法によって若返り、帰還したイアーソーンを迎えたとする説もある。この説では、若返ったアイソーンを見て、ペリアースはメーデイアの魔法を信用したとされる。
- ↑ このとき、アルケースティスひとりは、どんな魔法であろうとも実の親に手を下すことを拒否したともいう。
- ↑ ヘスペリデスのところから帰ってきたのだという。
- ↑ コリントスの王でベレロポーンの父親である。