フーリエ級数
フーリエ級数(フーリエきゅうすう、Fourier series)とは、複雑な周期関数や周期信号を、単純な形の周期性をもつ関数の(無限の)和によって表したものである。フーリエ級数は、フランスの数学者ジョゼフ・フーリエによって金属板の中での熱伝導に関する研究の中で導入された。
熱伝導方程式は、偏微分方程式として表される。フーリエの研究の前までには、一般的な形での熱伝導方程式の解法は知られておらず、熱源が単純な形である場合、例えば正弦波などの場合の特別な解しかえられていなかった。この特別な解は現在では固有解と呼ばれる。フーリエの発想は、複雑な形をした熱源をサイン波、コサイン波の和として考え、解を固有解の和として表すものであった。 この重ね合わせがフーリエ級数と呼ばれる。
最初の動機は熱伝導方程式を解くことであったが、数学や物理の他の問題にも同様のテクニックが使えることが分かり様々な分野に応用されている。 フーリエ級数は、電気工学、振動の解析、音響学、光学、信号処理、量子力学および経済学[1]などの分野で用いられている。
Contents
概要
フーリエ級数は、関数に対して定義されるフーリエ係数を用いて
[math]\frac{a_0}{2} + \sum_{k=1}^\infty (a_k\cos kx+b_k\sin kx)[/math]
の形に表される三角級数のことである。熱方程式を発見したフーリエは、平衡状態における熱方程式に注目し、適当な境界条件の下で二変数のラプラス方程式
- [math] \left({\partial^2 \over \partial x^2 } + {\partial^2 \over \partial y^2 }\right)\phi(x,y) = 0 [/math]
に帰着させて解を求めようとした。この時、フーリエは、
- [math]\sum_{k=0}^\infty {(-1)^k \over 2k+1}\cos((2k+1)x) = {\pi \over 4} , \left(-{\pi \over 2} \lt x \lt {\pi \over 2}\right)[/math]
という三角級数を見つけている。左辺の三角関数の一つ一つは波打っているにもかかわらず、x に依らない定数に収束しているのである。
x の定義域を広げるとこの三角級数は n を整数として
- [math]\sum_{k=0}^\infty {(-1)^k \over 2k+1}\cos((2k+1)x) = (-1)^n {\pi \over 4}, \left(-{\pi \over 2}+n\pi \lt x \lt {\pi \over 2}+n\pi\right)[/math]
という矩形波になる。このような不連続な関数まで表せることに興味を抱いたフーリエは、さらに三角級数を詳しく調べ、1822年に出版した著書『熱の解析的理論』の中で、全ての関数は三角級数で書けるということを主張した。
微分方程式の解の形として、三角級数を仮定するという方法は、フーリエ以前にもダニエル・ベルヌーイらによって行われていたが、三角級数という特別な形を仮定することによって得られる特殊な解と考えられていた。フーリエの主張は、三角級数は、そのような特別なものではなく、全ての関数が三角級数で表せると大きく出ている。
フーリエの議論は飛躍が多かったため、反論が相次ぎ、この主張は受け入れられなかった。しかし、フーリエの側にだけ非があるわけではなく、当時の数学が、このような関数列の収束性などを扱うには未熟で、フーリエの主張の真偽を判定することは難しかったことも関係している。この後、関数がフーリエ級数で表現できるための条件などを論じるために、実数、関数、収束、積分などの概念などの見直しが行われ、フーリエ級数論は19世紀数学における解析学の厳密化に大きな影響を与えることになった。
またフーリエ級数に始まるフーリエ解析の研究は、フーリエ変換などの手法を産み、画像処理やデータ圧縮、CT、MRIなど現代科学の基礎技術としても発展していった。
定義
以下で述べる定義は形式的なもので、実際には f(x) を用いた積分が存在するのかということと、f(x) から得られたフーリエ級数が、本当に f(x) に収束するのかといった事が問題になり、それらを解決するためには f(x) に二乗可積分などの制約が課される。積分にはルベーグ積分が用いられる。 f(x) に収束するフーリエ級数が得られる場合、 f(x) はフーリエ展開できるという。
実数値関数のフーリエ級数
f(x) は、実数 x を変数とする実数値関数で、周期 2π の周期関数とする。
- [math] \begin{align} a_n &= {1 \over \pi} \int_{-\pi}^{\pi} f\left(t \right) \cos nt\,dt, \left(n = 0,1,2,3,\cdots \right) \\ b_n &= {1 \over \pi} \int_{-\pi}^{\pi} f\left(t \right) \sin nt\,dt, \left(n = 1,2,3,\cdots \right) \end{align} [/math]
と置き、an を f のフーリエ余弦係数 (Fourier cosine coefficient)、bn を f のフーリエ正弦係数(Fourier sine coefficient) という。これらを用いて書かれた三角級数
- [math]{a_0 \over 2} + \sum_{n=1}^{\infty} \left(a_n \cos nx + b_n \sin nx \right)[/math]
をフーリエ級数(Fourier series) あるいはフーリエ級数展開(Fourier series expansion)という。余弦項だけの
- [math]{a_0 \over 2} + \sum_{n=1}^{\infty} a_n \cos nx [/math]
を、フーリエ余弦級数といい、正弦項だけの
- [math] \sum_{n=1}^{\infty} b_n \sin nx[/math]
を、フーリエ正弦級数という。
- フーリエ係数を定める積分区間 −π < x < π に制限して f(x) をみたときに f(x) がフーリエ級数で表される偶関数なら、そのフーリエ級数は余弦級数となり、f(x) がフーリエ級数で表される奇関数なら、そのフーリエ級数は正弦級数となる。
複素数値関数のフーリエ級数(複素フーリエ級数)
オイラーの公式を用いると、複素型のフーリエ級数を得ることができる。 f(x) も複素数値に取ることができ
- [math] c_n = \frac{1}{2\pi} \int_{-\pi}^{\pi} f(t) \exp(-int) dt, \left(n = 0,\pm 1,\pm 2,\cdots \right)[/math]
を、 f のフーリエ係数(Fourier coefficient)といい、これを用いて書かれた多項式
- [math] \sum_{n=-m}^m c_n e^{inx}[/math]
を、 m 次のフーリエ多項式(Fourier polynomial)という。この m を +∞ にした極限
- [math] \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n e^{inx} = \lim_{m\to +\infty} \sum_{n=-m}^m c_n e^{inx}[/math]
をフーリエ級数という。左辺は
- [math] \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n e^{inx} = \lim_{k,m\to +\infty} \sum_{n=-k}^m c_n e^{inx}[/math]
の意味ではないことに注意しなければならない。
周期の変更
以上に述べたフーリエ級数は、周期 2π の周期関数 f(x) に対する定義だが、 x = (π/L) y という変数変換により、周期 2L の周期関数 g(y) = f((π/L)y) の −L ≤ y ≤ L という区間での定義に変換でき、この形で扱われることも少なくない。
- [math] \begin{align} a_n &= {1 \over L} \int_{-L}^L g\left(s\right) \cos\left({n \pi s \over L} \right) ds, \left(n = 0,1,2,3,\cdots \right) \\ b_n &= {1 \over L} \int_{-L}^L g\left(s\right) \sin\left({n \pi s \over L} \right) ds, \left(n = 1,2,3,\cdots \right) \\ g(y) &= {a_0 \over 2} + \sum_{n=1}^{\infty} \left(a_n \cos\left({n\pi y \over L}\right) + b_n \sin\left({n \pi y \over L}\right)\right) \\ c_n &= {1 \over 2L} \int_{-L}^L g\left(s \right) \exp\left(-{in\pi s \over L}\right) ds, \left(n = 0,\pm 1,\pm 2,\cdots \right) \\ g(y) &= \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n \exp\left({in\pi y \over L}\right) = \lim_{m\to +\infty} \sum_{n=-m}^m c_n \exp\left({in\pi y \over L}\right) \end{align} [/math]
パーセバルの等式
f(x) が二乗可積分関数ならば、パーセバルの等式(Parseval's equality)
- [math] {1 \over \pi}\int_{-\pi}^{\pi} |f(t)|^2 dt = {{a_0}^2 \over 2} + \sum_{n=1}^\infty ( {a_n}^2 + {b_n}^2 ) = 2 \sum_{n=-\infty}^{\infty} |c_n|^2[/math]
が成り立つ。
フーリエ級数の例
周期関数以外の関数から周期関数を作り計算することも多い。例えば
f(x) = x, (−π < x < π)
を考え、この区間に含まれない x での値 f(x) は、 n を整数として、周期関数の性質
f(x+2nπ) = f(x)
によって定義し、周期関数に拡張する。今、 f(nπ) の値は定義していない。この関数では、 f(π−0) ≠ f(−π+0) となっているため、この点ではどのように決めても不連続になってしまうためである。
f(x) が区分的に連続微分可能の時、不連続点でフーリエ級数の収束値は左右からの極限の平均を取るという性質があり、この場合であれば
[math]{f(\pi -0)+ f(\pi +0) \over 2} = {\pi - \pi \over 2} = 0 [/math]
となるため、 f(x) が、 フーリエ級数と一致するように定めるとすれば、 f(nπ) = 0 となる。 −π < x < π という区間内に限ってみると、 f(x) は、奇関数であるので、この場合は正弦級数となり
[math]f(x) = 2\sum_{n=1}^{\infty} (-1)^{n-1} {\sin nx \over n} [/math]
というフーリエ級数展開になる。 x = π/2 を代入し、 2 で割れば、円周率の公式としてよく知られた級数(ライプニッツの公式)
[math] {\pi \over 4} = \sum_{k=0}^{\infin} {(-1)^k \over 2k+1} = 1 - {1 \over 3} + {1 \over 5} - {1 \over 7} + \cdots[/math]
が得られる。
また、
[math] {1 \over \pi}\int_{-\pi}^{\pi} |t|^2 dt = {2 \over 3} \pi^2 [/math]
だから、パーセバルの等式を用いることにより
[math] {2 \over 3} \pi^2 = 4 \sum^{\infin}_{n=1} {1 \over n^2} [/math]
この両辺を 4 で割ることにより、オイラーによって得られたゼータ関数での特殊値 ζ(2) が現れる。
f(x) = x2, (−π ≤ x ≤ π)
の場合、π2 = (−π)2 であり、これは周期関数に拡張しても、区間の端点が不連続になることはないので、両端を含む閉区間上で定義している。 −π < x < π に制限して考えると偶関数なので、今度は余弦級数で、
[math]f(x) = {\pi^2 \over 3} + 4 \sum_{n=1}^{\infty} (-1)^n {\cos nx \over n^2}[/math]
になる。
x2 を微分して 2 で割ると x になるのと同じように、この右辺の級数を項別微分して 2 で割ると、先程の f(x) = x のフーリエ級数になる。一般には、こうはならないが、f(x) のフーリエ級数を項別微分して得られる級数が一様収束していれば、それは、f′(x) のフーリエ級数に一致する。
さらに、この級数は、 x = π を代入して整理すると
[math]{\pi^2 \over 6} = \sum^{\infin}_{n=1} {1 \over n^2}[/math] となり、ここでも ζ(2) が現れる。
直交性
三角級数の直交性
フーリエ級数のようなものが考えられる背景には、関数の直交性がある。 (−π, π) 上で定義された二乗可積分関数の空間 L2(−π, π) を考える。 f(x), g(x) ∈ L2(−π, π) に対して、内積
- [math] \left\langle f(x),g(x) \right\rangle := {1 \over \pi} \int_{-\pi}^{\pi} f(x) g(x)^* dx[/math]
- g(x)* は g(x) の複素共役であり、実数値のときは、g(x) と等しい
を定義すると、自然数 m, n ≥ 1 に対し
- [math]\begin{align} &\langle \cos mx, \cos nx \rangle = \delta_{mn}\\ &\langle \sin mx, \sin nx \rangle = \delta_{mn}\\ &\langle \cos mx, \sin nx \rangle = 0\\ &\langle 1, 1 \rangle = 2\\ &\langle 1, \cos mx \rangle = 0\\ &\langle 1, \sin mx \rangle = 0 \end{align}[/math]
ただし、δmn はクロネッカーのデルタで、内積の中に用いられている 1 というのは、x に依らずに 1 を値にとる定数関数の事とする。
このような関係から
- [math]\left\{{1 \over \sqrt{2}}, \cos x, \sin x, \cos 2x, \sin 2x, \cos 3x, \sin 3x,\ldots \right\}[/math]
は正規直交関数列となり、これは L2(−π, π) の正規直交基底になっている。
- [math] \begin{align} a_n &= \langle f(x), \cos nx \rangle \\ b_n &= \langle f(x), \sin nx \rangle \end{align} [/math]
という計算によって、それぞれ、フーリエ級数の cos nx, sin nx の係数のみを抜き出すことができる。
また、任意の自然数 m について
- [math] \begin{align} \langle f(x), \cos mx \rangle &= 0 \\ \langle f(x), \sin mx \rangle &= 0 \end{align} [/math]
が成り立てば、 f(x) = 0 となるため、この直交関数列は完備関数列でもあり、この内積によって、 L2(−π, π) は、ヒルベルト空間になる。
複素型のフーリエ級数の場合も、整数 m, n に対して
- [math] \langle e^{imx}, e^{inx} \rangle = 2\pi\delta_{mn} [/math]
という直交関係がなりたち、{eimx} は完備関数列になる。
ヒルベルト空間とフーリエ級数
ヒルベルト空間 X と、その正規直交系 {ek} を考える。 x ∈ X に対して、その内積 [math]\langle x, e_k\rangle[/math] のことをフーリエ係数という。この時、ベッセルの不等式
- [math] \|x \|_{2}^{2} \ge \sum_k \left|\langle x,e_k \rangle \right|^2 [/math]
が成り立つ。
さらに {ek} が X の基底となっていれば、三角級数のときと同様に級数
- [math] \sum_k \langle x,e_k \rangle e_k = \left\langle x,e_1 \right\rangle e_1 + \left\langle x,e_2 \right\rangle e_2 + \cdots [/math]
が考えられ、これも同じようにフーリエ級数という。この級数が、元の x に等しいとき、フーリエ展開できるという。そしてこの時、プランシュレルの等式
- [math] \|x \|_2^2 = \sum_k \left|\langle x,e_k \rangle \right|^2 [/math]
が成り立つ。
ヒルベルト空間 X について、
- 任意の x ∈ X がフーリエ展開できること
- 任意の x ∈ X に対し、プランシュレルの等式が成り立つこと
- {ek} が X の正規直交基底であること
の 3つは互いに同値な条件である。
脚注
- ↑ Nerlove, Marc (1995). Analysis of Economic Time Series. Economic Theory, Econometrics, and Mathematical Economics. Elsevier. ISBN 0125157517.
参考文献
- A.N. コルモゴロフ・S.V. フォミーン 『函数解析の基礎』下、山崎三郎・柴岡泰光訳、岩波書店、1979年。ISBN 4000051679。
- Weisstein, Eric W. “Fourier Series”. MathWorld(英語). Template:Cite webの呼び出しエラー:引数 accessdate は必須です。