トヨタ・コロナ
260px 11代目 前期型 | |
販売期間 | 1957年-2001年 |
---|---|
製造国 | 日本(日本国外でも生産) |
ボディタイプ |
2ドアハードトップ(3代目-7代目) 2ドアピックアップトラック(3・4代目) 4ドアセダン 5ドアハッチバック(3代目、6代目、8代目-10代目) 3/5ドアライトバン(2代目-9代目) |
駆動方式 | 後輪駆動、前輪駆動 |
先代 | なし |
後継 | トヨタ・プレミオ |
別名 |
トヨペット・コロナ(初代-5代目) トヨタ・コロナプレミオ(11代目) |
コロナ(CORONA)は、トヨタ自動車が1957年から2001年まで生産・販売していた、セダンを中核とするCDセグメント相当[注釈 1]の乗用車である。トヨタ車として初めて日本国外でも生産された車種である。
Contents
- 1 概要
- 2 歴史
- 2.1 初代 T10型(1957年 - 1960年)
- 2.2 2代目 T20型(1960年 - 1964年)
- 2.3 3代目 T40/50型(1964年 - 1970年)
- 2.4 4代目 T80型(1970年 - 1973年)
- 2.5 5代目 T100/110/120型(1973年 - 1978年)
- 2.6 6代目 T130型(1978年 - 1982年)
- 2.7 7代目 T140型(1982年 - 1998年)
- 2.8 8代目 T150/160型(1983年 - 1987年)
- 2.9 9代目 T170型(1987年 - 1992年)
- 2.10 10代目 T19#型(1992年 - 1996年)
- 2.11 11代目 T210型(1996年 - 2001年)
- 3 車名の由来
- 4 脚注
- 5 関連項目
- 6 外部リンク
概要
カローラ、クラウンとともにトヨタの伝統的なセダンであり、中核的な位置づけになる車種である。高度経済成長期には日本のマイカー代表車種として、広く親しまれたクルマである。
特に地方都市では 小型タクシーとしても多く用いられた。1960年代から1970年代、コロナの競合車種は日産自動車のダットサン・ブルーバードであった。このブルーバードとコロナが繰り広げた 熾烈な販売合戦が「BC戦争」と呼ばれるものである。
1957年7月の初代以来11代の系譜をたどったが、2001年以降はコロナ名称は消滅。後継モデルは「コロナプレミオ(11代目として合わせて記述)」→「プレミオ」の名とともに系統を継承している。
なお、本稿ではコロナプレミオ以外の以下のモデルについても便宜上記述する。
- 以下、商用モデル系。
- コロナライン(CORONA LINE)
- コロナバン
- コロナピックアップ
- 以下、2ドアクーペ系。
- コロナハードトップ
- 以下、5ドアセダン(ハッチバック)系。
- コロナ5ドアセダン
- コロナリフトバック
- コロナSF
歴史
初代 T10型(1957年 - 1960年)
1950年代半ば以降、日本の乗用車市場ではトヨタ自動車が1500cc車のクラウンで中型タクシー市場を、日産自動車が860-1000cc車のダットサン・110/210で小型タクシー市場をそれぞれ押さえるという構図ができ上がっていたが、日本の二大メーカーである両社は、それぞれ相手の領域に食い込もうと新型車開発を続けていた。
コロナはこうした状況で誕生したトヨタの対ダットサン対抗馬である。しかし、本格的な商品として企画されていたのは 2代目のT20系であり、初代T10系はそれまでのつなぎとしての企画であった。 この背景には、当時 乗用車の設計に強い発言力を有していたタクシー業界が20系の完成を待てず、そのニーズにこたえる必要のあったトヨタ自動車販売の意向で、開発・発売を急がせたという事情があったという[1]。すなわち、T10系は クラウンの信頼性の高さが立証されて存在価値が薄まり1956年に生産を中止されていたクラウンのタクシー用姉妹車 トヨペット・マスター(前輪固定懸架)の車体中心部ボディプレス、クラウンの足回り、そして1940年代後期から使用され、乗用車用としてはすでに時代遅れになっていたSV式のトヨタ・S型エンジン(最高出力33PS/4500回転、最大トルク6.5kgm/2800回転(グロス値))などといった 既存のコンポーネンツを寄せ集めて、マスターの開発・製造を担当した関東自動車工業(現・トヨタ自動車東日本)で急遽開発された車であった。ただし唯一画期的であったのは、関東自動車工業がトヨタ本体とは独立して独自に1950年代前半から研究を続けていたモノコック構造[注釈 2]が、トヨタの量産乗用車として初採用されたことであった。このため、車両重量はようやく1000kgの大台を割っている。
- 1957年7月 - 発売。ボディは4ドアセダン(ST10型)と、トヨペット・コロナラインとして別モデル扱いされた2ドアバン(ST10V型)があった。その丸みを帯びたスタイルから、「ダルマコロナ」の愛称で親しまれたが、前輪独立懸架で乗り心地が良い点を除くと、ライセンス生産していたオースチンのノウハウでOHV1,000ccエンジンを既に開発・搭載していたダットサン1000セダン(210系)と比較し、開発費がかけられなかったこともあって、ハード面の評価は低かった。
- 1958年4月 - マイナーチェンジを受け、車体の側面にモールが追加された。フロントフード先端のエンブレム、ドアハンドルの意匠を変更した。
- 1959年10月 - 再びマイナーチェンジを受け、型式がST10型からPT10型に変更される。懸案であったエンジンをより強力なOHV式水冷直列4気筒997ccのP型に変更し、最高出力45PS/5000rpm、最大トルク7.0kgm/3200rpm(グロス値)とした。最高速度も105km/hと、ようやく100km/hが可能となった。フロントグリルもメッシュタイプに変更され、後席寸法を拡大し、乗車定員は4名から5名に増加した。
2代目 T20型(1960年 - 1964年)
- 1960年4月 - フルモデルチェンジ。トヨタが総力を挙げてダットサンセダン(1959年にダットサン・ブルーバード(310系)にモデルチェンジ)打倒を目指して開発された本格的な小型乗用車であった。当時のオペル・レコルトを彷彿とさせるデザインは当時の日本車の水準を越えた流麗もので、当時増加傾向にあった女性ドライバーには特に好評であった。車体は先代同様4ドアセダンのみで、ライトバンおよびシングル/ダブルピックアップは引き続きコロナライン(リアナンバープレートをバンパー中央から車体部に移設)として別シリーズであった。販売キャンペーンも新しい方式が取られ、発表に先立ち1960年2月頃から新聞紙上に車体デザインの輪郭や一部分を露出して人気を煽る「ティザーキャンペーン」が日本で初めて実施された。設計上最大の特徴は1枚リーフとコイルの組み合わせによるカンチレバー式のリアサスペンションであった。優れた操縦性と乗り心地を実現したが、当時未舗装が多かった地方の道路でタクシーとして酷使されると、耐久性不足が露呈された。また、ピラーが細くスマートなボディも強度不足が指摘された[注釈 3]。こうして主にタクシー業界で不評が広がり、当初好調に立ち上がった販売も1960年末頃には伸び悩むようになり、小型車市場でのダットサン・ブルーバードの優位は、T10系の時代と変わらず続き、トヨタは乗用車メーカーとして国内2位の座に甘んじることになった。トヨタは状況を回復すべく必死で対策を講じた。
- 1961年3月 - 小型タクシー枠が拡大されたことを受けて、クラウンと同じ新規格一杯のR型1,453cc60馬力を搭載した「コロナ・1500」(RT20系)を投入、同様に1,200cc版を投入したブルーバードに対しパワー競争で差をつけた。さらに10月には「コロナ・1500デラックス」(RT20D系)を追加し、自家用車向け販売を強化した。また、特に女性ドライバーに人気があることからイージードライブ装置付きモデルに早くから力を入れ、2速オートマチックトランスミッションの「トヨグライド」(トルクコンバーター付きだがLとDの変速は手動であった)、自動クラッチ(電磁クラッチ)の「サキソマット」(通常の3速MTのクラッチ操作のみ自動化、トヨグライドより性能ロスが少ない)が追加された。また、1500登場と同時に問題のリヤサスペンションをコンベンショナルなリジッド半楕円リーフスプリングに変更した。
- 1962年 - 日本で最初のカラーCMとなる「コロナ・1500デラックス」のテレビCM放映。「スタント・ドライブシリーズ」[注釈 4]の1つとして制作されたもので、内容は色とりどりのドラム缶の上を走行したり、砂ボコリを上げながら蹴散らすというものだった。
- 1963年4月 - オーストラリア・ビクトリア州・ポート・メルボルンにあった自動車組み立て会社オーストラリアン・モーター・インダストリーズにてトヨタ・ティアラ (Tiara)として生産が開始され、これが日本国外で生産された初めてのトヨタ車となり、以降2017年のカムリのオーストラリア現地生産終了まで、54年間トヨタにおけるオーストラリア現地生産が継続された[2]。なおオーストラリアン・モーター・インダストリーズは後にトヨタが買収し、1985年にトヨタ・オーストラリアとなる。
- 1963年5月 - 第1回日本グランプリ、ツーリングカー1300 - 1600クラス「C-5」に出場し、1位から3位までを独占した。宿敵ブルーバード・1200は別クラスになったことも幸いしていたが、コロナが丈夫で高性能であることをアピールする好機として、トヨタは盛んにこの戦果を宣伝した[注釈 5]。T20系はまた、対米輸出の戦略車種としても位置づけられ、こちらでも「トヨタ・ティアラ」(クラウンの『王冠』と意味を重ねたネーミング)として1,900ccエンジンを搭載して輸出されたが、1960年にビッグスリーが相次いでコンパクトカーを発売して輸入車に反撃を開始したこともあって、トヨタの期待に反して販売は伸び悩み、アメリカ市場から一時撤退することとなる。
- CoronaRT20.jpg
RT20型
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RT20型 リア
3代目 T40/50型(1964年 - 1970年)
- 1964年9月 - フルモデルチェンジ。「アローライン」と呼ばれた傾斜したフロントノーズのデザインが特徴であった。開通して間もない名神高速道路にて、発表早々に「10万キロ連続高速走行公開テスト」を実施し、高速性能と耐久性をアピールして先代との違いを際立たせたことから人気が急上昇。ダットサン・ブルーバードとの熾烈な販売競争、いわゆる「BC戦争」において、1965年1月に初めてブルーバードを販売台数で追い抜き、国内販売台数第1位を達成した。その後しばらく抜きつ抜かれつの状況が続いたが、1965年末頃からは第1位の座を磐石なものにした。コロナの首位は、1968年にカローラに譲り渡されるまで続いた。当初のボディバリエーションは、4ドアセダンと、この代からコロナの名に統一された2/4ドアバン(バンはこの代よりバックドアがハッチバックのバックドアとなり実質3 / 5ドアバンに)とシングル/ダブルピックアップであった。また、バン・ピックアップモデルのリアナンバープレートをバンパー中央に戻した。ステアリングギヤがウォーム&セクター・ローラーから、リサーキュレーティング・ボール(ボールナット)へ変更、主にタクシー向けのスタンダードのエンジンが1,200cc2P型から1,350cc3P型に変更、そしてトヨグライドが完全自動式となったことが挙げられる。旧型コロナに比べて約60kg軽くなり、エンジンの改良と合わせて、高性能、最高速度(140km/h)、加速性能(SS1/4マイル19.7秒)を達成した。
- 1965年4月 - SSやSSSなどスポーティモデルを充実させるブルーバードに対抗して「1600S」を追加、エンジンは4R型(OHV1,587cc・SUツインキャブレター・90馬力)で、コロナ初の前輪ディスクブレーキ、4速フロアシフトを採用し、内装にはタコメーター、フルリクライニングのバケットシートを採用した。同年7月には、日本車初のピラーレス構造の2ドアハードトップ(T50系)を追加、11月にはこれも日本車初となる5ドアハッチバックセダンを追加、ルノー・16など、欧州で人気が出始めていた5ドアをいち早く取り入れた。ハードトップはその後のスペシャルティカーの先駆けとして好評であったが、5ドアセダンは人気が出ず、少数販売にとどまった。しかしトヨタは6代目になってこれを復活させ、以後もこのボディ形式を日本に根付かせようとその後も努力を続ける。欧米への輸出もトヨタ・コロナとして行われたが、日本国外でも好評をもって迎えられ、T40系の輸出台数は1964年に8,734台、65年23,096台、66年60,864台と急拡大し、1967年10月には80,058台と、日本車の単一車種輸出台数の新記録を更新、T40系の成功で、輸出においてもトヨタは日本一の座を獲得した[3][注釈 6]。
- 1966年6月 - マイナーチェンジを受け中期型となる。ホーンリングの変更やフロントグリルが格子状になる。
- 1967年2月 - ニュージーランド・クライストチャーチのSteel Brothers'Motor Assembliesにて生産が開始される。
- 1967年6月 - マイナーチェンジ。フロントマスクの再変更、バンパー位置のかさ上げ(米国安全基準対応)が行われた。またリアランプも変更され、リアウインカーとブレーキランプ/テールランプが一体式(兼用)にされた(バン・ピックアップモデルはコンビネーションタイプのままデザイン変更)。
- 1967年9月 - トヨタ自動車が月産8万台を達成した際、そのうち3万台を40系コロナが占める[3]ほどの主力車種であった。1966年のT40系の生産台数はバンを含め252,492台で、これは単一車種の生産規模としてはVWビートル(1,295,834台)には大差を付けられているもの、フォード・コーティナの24万3,384台を上回る第2位であった。また、大韓民国の新進自動車(現:韓国GM)でもノックダウン生産された。[1]
- 1967年8月 - 派生車種として、2ドアハードトップのボディを用いてDOHC1,600ccエンジンを搭載した「トヨタ・1600GT」が登場。
- 1968年4月 - 「ゴールデンシリーズ」が登場、コロナ初のSOHC・1,600cc(「7R」シングルキャブレター・85PS/「7R-B」SUツインキャブレター・100ps)エンジンが搭載されたが、これは同年9月に上級車種として登場するコロナマークII用エンジンの先行投入であった。
- 1968年9月 - コロナマークII発売に伴い通常のコロナは2R型1,500ccエンジン搭載のセダン(スタンダード・デラックス)とバンのみに車種整理され、5ドアセダンは廃止。あわせて大幅値下げが行われた。ハードトップや1600、そしてシングル/ダブルピックアップはマークIIシリーズに移行した。
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バン(後期型)
4代目 T80型(1970年 - 1973年)
- 1970年2月 - フルモデルチェンジ。型式記号がT50からT80に飛んでいるのは、T50の後に登場した初代コロナマークIIにT60/T70の型式名を与えたためである。コロナシリーズは当初、マークIIが4代目コロナとなる計画であったが、T40系の根強い人気から、新たに4代目コロナが別途開発されることになった[注釈 7]。当初は4ドアセダンと5ドアバンのみ(ピックアップトラックを廃止)の設定で、グレードはT20系以来の2R型OHVエンジンの1500スタンダード・1500DX、R40系ゴールデンシリーズのエンジンが再登場となる1600DX・1600SLの4種類であった。対抗車種であった3代目ブルーバード(510系)がすでにSOHCエンジン、四輪独立懸架を乗用車全車種に採用していたこととは対照的に、メカニズム的には旧態依然としたものであった。唯一画期的だったのは、1600デラックスにノーマルとスポーツの2種類の変速モードが選べる、日本初の電子制御式3速AT「EAT」[注釈 8]が選択可能になったことであるが、発売地区が大都市圏に限定され、実際の販売台数は極めて少なかった。三角窓を廃し、「サンダーウェーブ」と名付けられた、シンプルでありながらボディ側面の窓下に抑揚を効かせたスタイルを特徴とし、発売当初は「シルエット70」(セブンティ)と名付けられて宣伝されたが、同時期のカローラにも似たこの時代の典型的なデザインだったことや、カローラとコロナの中間車種であるカリーナが登場したこともあり、注目度はあまり高くなかった。バンモデルはリアランプをウインカー・ブレーキ兼用の一体式に変更し、リアナンバープレートの位置をバックドアに移設。
- 1970年8月 - 2ドアハードトップ(マフラーはデュアルを採用)が復活、エンジンはマークIIと同じ1,700cc・1,900ccと1,500ccであった。翌9月にはセダンも1,600ccSOHCエンジンが6R型1,700ccに変更され、1700DX・セダン1700SLとなった。さらに1500は1971年2月に12R型OHV1,600ccに換装され、1600スタンダード・1600・ハードトップ1600となった。
- 1971年8月 - マイナーチェンジ。角ばったフロントデザインに変更されて印象を大きく変えた。リアランプは、1973年からの道路運送車両法改正を踏まえ、ウインカーを独立させ橙色点滅に変更した。バンモデルはこの変更に伴い、後退灯をリアランプから分離してバックドアに新設。
- 1972年8月 - 2度目のマイナーチェンジを受け、フロントグリルやホイールカバー等のデザイン変更を受けた。この際、2ドアハードトップのみに設定されていた1900が、同年1月のマークIIのフルモデルチェンジを追うかたちで2,000ccに変更される。エンジンは「18R-B」型(SOHC・ツインキャブ)および「18R-E」型 (SOHC・EFI) で、グレードは2000SL、同EFI、そして新たに追加された2000SRである。このマイナーチェンジの際、EATはマニュアルモードが選択可能なものに改良され、1700デラックス、2000SLに選択可能となった。1973年4月には、昭和48年排出ガス規制対策を受けた。
- このモデルの愛称は「ブラボーコロナ」。
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後期型ハードトップ1700SL
5代目 T100/110/120型(1973年 - 1978年)
- 1973年8月31日 - フルモデルチェンジ。先代同様4ドアセダン、2ドアハードトップ、5ドアバン(リアランプを後退灯と一体化)の3種類で登場したが、キーワードを「予防安全」として、安全性への配慮をアピールしたことが当時としては目新しかった。また、設計の古いR系のOHVエンジンがようやく姿を消し、カリーナと同じ半球型燃焼室を用いたV字型クロスフロー・センタープラグ方式の2T型OHVエンジンが搭載されることになり、出力は83馬力から一気に100馬力となった。T100系の設計に当たっては、対米輸出車向けの衝撃吸収バンパー(5マイル・バンパー)[注釈 9]や、メルセデス・ベンツ初代Sクラスのようなサイドプロテクションモールが1800GL・1800SL・2000SL・2000GTにオプション設定され、機械の異常を知らせる11の警告灯がオーバーヘッド・コンソールに「OKモニター」として装備。4ドアセダンでは視界の良さを強調する古典的なノッチバックスタイルを採用。1973年12月から1976年10月まで、小型乗用車市場1,400cc - 2,000ccクラスで35ヶ月連続、ベストセラーの地位を確保した[注釈 10]。
- 1973年10月 - 2ドアセダンの1600デラックス・1600GL・1800SR・2000SRが追加された。2ドアの需要はアメリカではあったと思われるが、日本市場ではほとんど需要がなく、歴代のコロナとしては最初で最後となった。12月にはタクシー仕様車として1600スタンダード、1600デラックスが追加され、1800デラックスにも個人タクシー仕様がメーカーオプションで設定された。
- 1975年2月 - 本田技研工業から導入したCVCC(複合渦流燃焼方式)の技術を用いて昭和50年排出ガス規制に適合する19R型エンジン搭載の4ドアセダン2000デラックス(RT111系)が登場した。2,000ccとはいえ最高出力は80馬力に過ぎず、シリーズ中最も鈍足であった。このエンジンは当初単に「クリーンエンジン」と呼ばれたが、触媒方式の「TTC-C」が登場すると、「TTC-V」(VはVortex(渦流)の略)と呼ばれるようになった。
- 1975年10月 - 1600・2000GTが昭和50年排出ガス規制に適合する。いずれもTTC-C方式を採用し、1600のエンジンは2T-U(90PS)に、2000GTは18R-GU(130PS)となった。タクシー向けは12R-U(LPG仕様70PS)であった。この時点でEFI付きの18R-E搭載車(2000SL・2000SR)は廃止された。続いて11月に1800が昭和50年排出ガス規制に適合したが、SUツインキャブ仕様は廃止され、1800SLはシングルキャブレター仕様に変更され、2ドアセダン1800SRは廃止となった。バン1600、バン1800も商業車の昭和50年排出ガス規制適合となり、1600スタンダードも12Rエンジンから2T-Jエンジンに変更された。また、サイドに木目パネルを貼ったバン1800DXカスタムが追加された。
- 1976年6月 - 触媒方式(TTC-C)による昭和51年排出ガス規制適合の2000シリーズ(RT122系。18R-U/シングルキャブ)が発売された。グレードはデラックス・GL・SL。
- 1977年1月 - マイナーチェンジ。センターグリルを強調した新しいフロントグリルとなる。ドアロックがT字型から四角形型に、リアコンビネーションランプはシルバーモールが消え、バックランブとリフレクターの上下位置が入れ替わり、曲線型からフラットになる。しかし、あまり好評とはいえず、連続ベストセラーの記録もここで途切れる。1800(16R-U)が廃止になるとともにモケット地のシートなどを持つ「エクストラインテリア」仕様がGLに追加された。この際、シートベルトがELR式となった(1600スタンダードを除く)他、タクシー仕様車、2000GTが昭和51年排出ガス規制適合となり、タクシー仕様車にN40型トランスミッション(オーバードライブ付きコラムシフト)が追加され、1800DXカスタムに代えてバン1800GLを設定した。個人タクシー仕様の設定を1800DXから2000DX(18R-U車のみ)に変更した。(後期のみ)CM出演者は田宮二郎。
- 1977年4月 - 触媒方式(TTC-C)による昭和51年排出ガス規制適合の1800シリーズ(TT121系。3T-U/シングルキャブ)が発売された。グレードはデラックス・GL・SL。
- 1977年10月 - 再び内外装の一部変更を受け、ホイールカバーが廃止されキャップレスホイールになる、SL及びGTの衝撃吸収バンパーがガード付きになるなどの変更を受けた。また、セダン及びハードトップの1800のMT車が昭和53年排出ガス規制に適合した。
6代目 T130型(1978年 - 1982年)
- 1978年9月 - フルモデルチェンジ。この代より車名が「トヨタ・コロナ」となり、長年親しまれたトヨペットの名は廃止された。4ドアセダン、2ドアハードトップ、5ドアバンが設定され、2ドアセダンは消滅した。デザインは5代目のイメージを継承したが、当時流行の角形4灯式ヘッドライトに(バンとセダンのタクシー仕様は丸型4灯)、衝撃吸収バンパーも新設計のウレタン樹脂製に改められた。また、1600(88馬力)、1800(95/EFI105馬力)、2000(105馬力、DOHC車は135馬力)とも昭和53年排出ガス規制に適合した。シャーシはフロアパンから新設計されている。RT20改良型以来のサスペンションはようやく時流に合わせて変更され、フロントがストラット式コイルスプリング、リヤがトレーリングリンク車軸式コイルスプリングに変更された(セダンのLPGタクシー仕様とバンはリーフスプリングのままであった)。ブレーキは全車に前輪ディスクブレーキ(セダンのタクシー仕様を除く)を装備する他、1800SLツーリング・2000SL・2000GTには後輪ディスクブレーキ、9インチ大型ブレーキブースターも装備され、オーバードライブ付4速ATが新設定のノーマル系トップモデル・2000CXに設定された。
- 1978年10月 - RT56系以来10年ぶりの5ドアセダンである「LB(リフトバック)」を追加、再度5ドアハッチバックの普及を試みたものの、やはりさしたる販売実績を残せなかった。1979年8月には1800SLにAT車を追加し、トランク右側の「TOYOTA」エンブレムを大型化する小変更が行われた。
- 1980年8月 - マイナーチェンジでスラントノーズ化された。ハードトップとリフトバックのヘッドライトを異形2灯式に変更した。セダン1800GLには3速コラムAT&分割式ベンチシート車を追加、1,800cc全車(TT131型)にパワーステアリングを標準装備、CXを「CXサルーン」に名称変更し、1800を追加するなど車種体系を変更し、その他60項目に及ぶ改良を行った。この際、セダンの3速マニュアルコラムシフト車はLPGタクシー仕様のみになり、LPGタクシー仕様の2000STD・DX(5R-U型)には3速フロアAT車が追加された。
- 1981年3月 - 25周年記念車としてセダンDXをベースにパワーウインドウなどの装備を追加した「エクストラサルーン」を発売、同時に2000GTに新仕様車を追加した。
- 当モデルは前期型がテレビドラマ『太陽にほえろ!』の劇中で小野寺昭演じる島公之(通称・殿下)が乗っていたことから「殿下コロナ」の愛称で呼ばれることもある。
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5ドアリフトバック(北米仕様)
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5ドアリフトバック(北米仕様)リア
7代目 T140型(1982年 - 1998年)
ハードトップ:1982年 - 1985年、セダン/バン:1982年 - 1987年
- 1982年1月 - フルモデルチェンジ。角ばったスタイルへと変貌し、6代目ブルーバード(910系)に対抗すべく、スタイリッシュなイメージを強調した。また、この代からプラットフォームがカリーナ・セリカと共有化された。特にハードトップはセリカがベースとなって、セダンベースの従来車より車高が低くなり、インストルメントパネルもセリカと共通イメージとなったため、従来のコロナのイメージを脱却したスポーティなデザインとなった。5ドアセダンは一旦消滅したが、1年後にT150系で再度復活する。歴代コロナの中でも異例に短いライフサイクルとなったT140系は、スポーツモデル専用車として変則的なモデルライフを送った。そしてこれが最後の後輪駆動のコロナとなった。
- CM出演者はロジャー・ムーア。6代目ブルーバードのキャッチコピー「ザ・スーパースター」「ブルーバード、お前の時代だ」に対し、コロナでは「スーパーヒーローより愛をこめて」、「舞台は主役を待っていた」、「舞台は主役のためにある」のキャッチコピーで対抗した。さらに初期のテレビCMでは、ブルーバードのCM出演者の沢田研二を連想させる白スーツの男が噴水に落下するシーンを入れており、ブルーバードとの本格的な対決姿勢を表面に出していた。
- 1982年10月 - それまでの2000GT(18R-GEU型エンジン搭載)に代わり、1.8Lツインカムターボの3T-GTEU型エンジンを搭載したGT-T・GT-TRが登場した。
- 1983年10月 - 前輪駆動のT150系に4ドアセダンが登場したのを受けて、登場僅か2年足らずでセダンが車種整理を受け、廉価グレード(スタンダード・デラックス・GX)とスポーツ仕様のGT系のみが残されることとなった。同時にマイナーチェンジを受け、4A-GEU型エンジン搭載の1600GTと、1800GT-TR相当の装備を持つ1600GT「スポーツ7」パッケージが登場する。また、バン(ボディはカリーナと共通)のガソリンエンジンが1.6Lの12T-Jから1.5Lの5K-Jに変更された。
- 1985年8月 - 後継車種である前輪駆動のコロナクーペ発売により2ドアハードトップが廃止。同時に前輪駆動セダンへの3S-GELUエンジン搭載のGT-R追加に伴い、後輪駆動のGTシリーズを廃止。
- 1987年12月 - 後述する9代目(T170系)コロナの販売開始に伴い自家用向けT140系セダン、およびバンの販売終了。
- 1987年 - 2代目から続いてきたオーストラリアでの販売終了。同地ではカムリが後継車とされ、これ以降のモデルは販売されていない。
- タクシー仕様
- 1982年1月 - ディーゼルのみ登場。同年9月にLPG仕様が追加。
- 1986年12月 - 大がかりな仕様変更(マイナーチェンジ)を受け、フロントドア以外の外板がすべて変更されフロントグリル・ライト・ウインカーはA60型カリーナバン(スーパーDX仕様車はA60型カリーナクーペ用にメッキを施した物)のものを流用、その他にもフロントバランスパネル・フードロックブレース等一部にA60型カリーナセダンのものを流用し全長が140mm切り詰められ、Cピラーを立たせて室内長を40mm長くすることで乗降性を向上させるという大変更を受けた。同時にディーゼル車のエンジンは1.8Lの1C型から2.0Lの2C型に変更された。日本国内のみならず香港、マカオ、シンガポールなどにも輸出される。
- 1991年11月 - ディーゼル仕様が廃止。
- 1998年12月 - 1995年12月より販売を開始した(当時)コンフォートに統合される形で販売終了。
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2ドアハードトップ(後期型)
1983年10月 - 1985年8月 - 1986 Toyota Corona Avante (RT142) sedan (2010-09-23) 02.jpg
後期型・豪州生産
コロナアバンテ (RT142) - T140corona.jpg
タクシー仕様・1986年12月仕様変更型
日本仕様 - Toyota Corona (CT141) (rear), Sungai Besi.jpg
タクシー仕様・1986年12月仕様変更型(リア)
マレーシア仕様
8代目 T150/160型(1983年 - 1987年)
- 1983年1月 -「コロナFF」5ドア発売。T150系はコロナ初の前輪駆動車で4ドアセダンはなく、当初はT140系の派生車種という位置付けであった。当時のトヨタは前輪駆動への転換に慎重な姿勢を取っており、前輪駆動と後輪駆動の2つのコロナを並行して販売していた。エンジンは前輪駆動のカムリ/ビスタで登場した1.8Lガソリンの1S-LU型のみの設定であった。この代よりボディサイズがカムリより小さくなり、1984年から前輪駆動になるカリーナと同じプラットフォームを使う兄弟車になる。
- 1983年10月 - 6ライトウィンドウを採用した4ドアセダンが追加され、T140系の主力車種に取って代わり前輪駆動系がシリーズの中核となった。エンジンバリエーションには1.8LにEFI付きの高出力版の1S-ELU型、1.5L 3A-LU型、2.0L 2C-L型ディーゼルが追加された。キャブレターの1S-LU型はセントラル・インジェクション仕様の1S-ILU(Ci)に換装された。また、ATに4速も選べるようになった。1984年以降は同じシャシーでカリーナとセリカも作られることになる。CM出演者は加藤和彦・秋山育・松山猛・肥田日出生、ジミー・ネルソン。
- 1985年8月 - マイナーチェンジを受けて内外装を変更し、リアコンビネーションランプが大型化される。従来EXサルーンADのみの装備であったフロント合わせガラスが全グレードへ採用となる。4ドアセダンにはDOHCエンジン搭載車(3S-GELU型、2.0GT、2.0GT-R 型式E-ST162)が追加された(型式E-ST160)。GT系(T160系)は前輪駆動のカムリ・ビスタ同様の5穴ホイールとなる。また、1S-ELU型エンジンを搭載するスポーティグレード・1800SX-Rも追加された。
9代目 T170型(1987年 - 1992年)
- 1987年12月18日 - フルモデルチェンジ。4ドアセダンと5ドアセダンを設定。5ドアセダンには「SF」というサブネームが付いた。SFとは「センセーショナル・フィーリング」の頭文字である。欧州仕様は「CARINA II」の名称で販売された。エンジンは2.0L 3S-GE型と3S-FE型、1.8L 4S-Fi型、1.5L 5A-F型のガソリンと2,000cc2C型ディーゼルを用意。また同時にバンもフルモデルチェンジされ前輪駆動化された。バンのエンジンは1.5L 3E型ガソリンと2.0L 2C型ディーゼルの設定であった。スポーティグレードの「GT」はこの代が最後となり、6代目のリフトバック以来の5ドアセダンのGT「SF-GT」は、最初で最後の前輪駆動5ドアの「GT」であった。
グレードは上から「GT-R(2.0・3S-GE)」「EXサルーンG(2.0・3S-FE)」「EXサルーン(1.8・4S-Fi/1.5・5A-FLU/2.0ディーゼル・2C)」「SX-R(2.0・3S-FE)」「MX(1.8・4S-Fi/1.5・5A-FLU)」「GX(1.8・4S-Fi/1.5・5A-FLU/2.0ディーゼル・2C)」「DX(1.5・5A-FLU)」「STD(1.5・5A-FLU)」。
ボディカラーは「スーパーホワイトII」「グレーメタリック」「スーパーレッドII」「レッドマイカメタリック」「ミディアムベージュメタリック」「ライトブルーメタリック」「ダークブルーマイカメタリック」の計7色が設定された。
- 1989年11月 - マイナーチェンジ。外観は、フロントグリルのデバインが変更されルーバーが横型から縦型になり押し出し感が強調される(バンのフロントは変更なし)。また、リアガーニッシュとテールランプが横一列タイプになり、リアナンバープレートがバンパー下部に移動された。エンジンは1.8Lと1.5LがEFI化され4S-FE型、5A-FE型にパワーアップされ、2.0LのGTは無鉛プレミアムガソリン化で165馬力にパワーアップした。グレードはMXに代わり特別仕様車であったセレクトサルーンがカタログモデルとなった。
- 1990年5月 - トヨペット店累計販売1000万台達成記念車として「コロナスーパールーミー」 (Corona Super Roomy) が追加された。4ドアセダンの全長を210mm延長したストレッチリムジンで、500台が限定販売された。
- Toyota corona st170 1.8selectsaloon 1 f.jpg
4ドアセダン(前期型)
- Toyota Corona (T170) (rear), Serdang.jpg
4ドアセダン(後期型)
リア - Toyota Carina II front 20071025.jpg
SF(欧州仕様)
- Toyota Carina II rear 20071025.jpg
SF(欧州仕様)
リア - Corona Super Roomy.jpg
4ドアセダン
スーパールーミー ストレッチリムジン(500台限定)
10代目 T19#型(1992年 - 1996年)
- 1992年2月 - フルモデルチェンジ。先代に引き続き、4ドアセダンと5ドアセダンの「SF」を設定。欧州仕様は、「CARINA E」という名称で、イギリス・ダービーシャー州、バーナストンのトヨタ工場で現地生産された。外寸は大型化され、カローラ(E100系)に似た丸みを帯びたデザインとなった。グレードは、GX(1.6/1.8/2.0 4WD/2.0ディーゼル/2.0ディーゼル4WD)、セレクトサルーン(1.6/1.8/2.0、4WD/2.0ディーゼル/2.0ディーゼル4WD)、EXサルーン(1.6/1.8/2.0/2.0 4WD/2.0ディーゼル/2.0ディーゼル4WD)、EXサルーンG(1.8/2.0L)があったが、GTなどのスポーティグレードは姿を消した。他に教習車仕様も設定されていたが、「トヨタ教習車」として取扱いされていた(コロナエンブレムがトヨタCIマークになっている)。モータースポーツではこの10代目をベースとしたツーリングカーが全日本ツーリングカー選手権に1994年の1年のみだが参戦していた。CM出演者は中村雅俊で、演じた「コロナ氏」は大学教授の設定になっている。それを題材にしたミニドラマ「中村雅俊のただいま授業中」がテレビ東京系列にて放映されていた。
- 1994年2月 - マイナーチェンジ。フロントグリルをカラード化(車体と同色化)する一方、サイドプロテクターを素地色とし、前後バンパーにも素地色のプロテクションモールを装着。また、横一列タイプだったリアガーニッシュとテールランプは左右に分割させて小型化し、リアナンバープレートをバンパーからトランクリッドに移動させた。
- 3代目から続いていたニュージーランドでの生産を終了。
- Toyota coronasf 2.0typeii r.jpg
SF (前期型)リア
- Toyota Carina E rear 20071006.jpg
SF(欧州仕様)リア
- Toyota Carina E front 20071006.jpg
SF(欧州仕様)
※現地名・カリーナE
11代目 T210型(1996年 - 2001年)
- 1996年1月12日 - フルモデルチェンジ。車名にサブネームが付き、「コロナプレミオ」 (Corona Premio) となり、発表当初は日本国内専売モデルとなった(のちに台湾市場でも発売を開始したため、日本専売ではなくなった)。また、次期モデルでは逆にコロナの名がなくなって単に「プレミオ」となったためこのモデルはコロナの名を持つ最後のモデルとなった。また、ラインナップも4ドアセダンのみの設定となる。テレビCMには緒形拳が出演、この最後のコロナの開発テーマは安全性の強化とコストダウンであった。全車に助手席エアバッグや後席中央席への3点式シートベルトを標準装備すると共に、「GOA」と呼ばれる衝突安全設計のボディなどの安全装備を充実させ、寒冷地仕様車にはリア・フォグランプを標準装備するなど、当時の水準以上の安全装備が施された反面、ドアパネル等の部品は同時期のカリーナと共用になり、内装はグローブボックスの鍵が廃止されたり、車体・インテリアのカラーバリエーションを非常に絞り込むなどの変更が行われた。エンジンバリエーションは、2.0L(3S-FE型)、1.8L(7A-FE型)、1.6L(4A-FE型)、そして2.0Lディーゼルターボ(2C-T型)であったが、トヨタ初のガソリン直噴エンジン「D-4」(Direct Injection 4-Stroke) 2.0L(3S-FSE型)145ps/20.0kgmも追加投入され、当初は特別仕様車として販売(本革シートなども装備されていた)された。
- 1997年12月 - マイナーチェンジを受け、エクステリアの変更、内装色の追加、オドメーターとトリップメーターの液晶化、後席中央へのヘッドレストを追加するなどの改良を受けた。ディーゼルは2.2Lターボ(3C-TE型)に変更され、ディーゼル四輪駆動車についてはトランスミッションが5速MTのみから4速ATのみの設定へ変更され、直噴エンジン搭載モデルが正式にカタロググレードとなる。CM出演者は小林稔侍に変更された。
- 2001年12月 - 後継車のプレミオの登場に伴い、コロナの名称は11代44年の歴史に幕を閉じた。
- 欧州市場ではアベンシス(セダン)が、カリーナEの後継車として投入された。
- TOYOTA CORONA PREMIO TAIWAN 01.JPG
台湾仕様 フロント
- TOYOTA CORONA PREMIO TAIWAN 02.JPG
台湾仕様 リヤ
車名の由来
脚注
注釈
- ↑ ただし、2010年代以降の基準に置き換えた場合だとCセグメント扱いとなる。
- ↑ 関東自工は、1952年から1953年にかけてトヨタS型エンジンを搭載した独自設計のモノコック試作車「FL-II」を開発・製作していた(五十嵐前掲書 p67)
- ↑ 小林彰太郎・徳大寺有恒共著・二玄社刊・「小林彰太郎の世界」の対談中における小林の発言:「それからコロナは良くウィンドスクリーンが外れましたね。ボディが歪んじゃうためにね」が一例。
- ↑ コロナの耐久性をアピールするために制作されたCMシリーズ。
- ↑ 自動車メーカー間ではレース結果を宣伝に使わない申し合わせがあったため、日産やプリンスは戦果の宣伝を控えた。しかし、トヨタは自販主導でレース出場準備や宣伝活動を大掛かりに行った。宣伝を特にコロナに集中され、クラウンやパブリカも同様に優勝したのに、コロナの広告写真が一番大きく扱われた。しかし、実際にはプラクティス中にハードコーナリングを行うと突然転倒したりフロントガラスが外れるなど、車体の強度不足は完全には克服されていなかったようである。
- ↑ この月のトヨタ輸出台数の58%がT40系であった。
- ↑ 経緯についてはマークIIの項も参照。
- ↑ 1980年代に「ECT」に発展する。
- ↑ シリコンゴムを封入したショックアブソーバーをバンパーステーとして使用したもので、8km/h(5mile/h)以下の速度なら衝突しても、衝撃を吸収し、車体の損傷を防ぐ。
- ↑ 小型国内販売登録台数・自販連調べ。
出典
関連項目
- トヨタ・プレミオ - 後継車種
- トヨタ・カリーナ - 8代目以降の姉妹車種
- トヨタ・アリオン - カリーナの後継車種でプレミオの姉妹車種
- トヨタ・カルディナ - プラットフォーム共有車種
- トヨタ・コロナクーペ - ハードトップの後継車種
- トヨタ・コロナEXiV - コロナクーペの後継車種でカリーナEDの姉妹車種
- トヨタ・カリーナE - 欧州市場関係車種
- トヨタ・アベンシス - 欧州市場後継車種
- トヨタ・カムリ - 北米・オセアニア市場等での後継車種
- トヨタ・マークII - 上級モデル(4代目までで5代目以降はコロナから独立)
- トヨタ・1600GT - 3代目派生車種
- トヨタ自動車
- 日産・ブルーバード - 競合車種
外部リンク
- CORONA RT40 PAGE RT40系コロナを紹介
- トヨペットコロナ RT40-DKの素人再生
- 旧車とビッグスクーターのページ RT80系コロナを紹介
- 新進自動車 コロナ(韓国語)
- GAZOO 名車館 トヨペット コロナ