シュウ酸
シュウ酸(シュウさん、蓚酸、英: oxalic acid)は構造式 HOOC–COOH 、示性式 (COOH)2 で表される、もっとも単純なジカルボン酸。分子量は90.03(無水物)及び126.07(二水和物)。IUPAC命名法ではエタン二酸 (ethanedioic acid)。1776年、カール・ヴィルヘルム・シェーレによりカタバミ (oxalis) から初めて単離されたことから命名された。
命名の由来にもなったように、植物に多く含まれる。漢字の「蓚」はタデ科のスイバを意味する。タデ科(他にギシギシ、イタドリなど)、カタバミ科、アカザ科(アカザ、ホウレンソウなど)の植物には水溶性シュウ酸塩(シュウ酸水素ナトリウムなど)が、サトイモ科(サトイモ、ザゼンソウ、マムシグサなど)には不溶性シュウ酸塩(シュウ酸カルシウムなど)が含まれる。とろろが肌に付くと痒みを生じるのは、シュウ酸カルシウムの針状結晶が肌に刺さって刺激を受ける為である。
カルシウムイオンと強く結合する性質(劇性)があり、体内に入るとアシドーシスに傾いた血液中でカルシウムと結合して結石などを生じる。このため毒物及び劇物取締法により劇物(毒物ではない)に指定されている。
還元性があるため、滴定によく使われる。また、染料原料や漂白剤としても用いられる。
Contents
製法
工業的には、木片をアルカリ処理したのち、抽出することで得られる。実験的には、ギ酸ナトリウムを加熱分解して生成するシュウ酸ナトリウムを、水酸化カルシウムによってシュウ酸カルシウムとして単離し、これを硫酸で分解することで得られる。
- <ce>2 HCOONa ->[\Delta] (COO)2Na2\ + H2</ce>
- <ce>(COO)2Na2\ + Ca(OH)2 -> (COO)2Ca\ + 2 NaOH</ce>
- <ce>(COO)2Ca\ + H2SO4 -> (COOH)2\ + CaSO4</ce>
エチレングリコールおよびグリオキサールを二クロム酸カリウムなどで酸化しても生成する。従ってこれらの化合物は体中で代謝によりシュウ酸を生成する。
化学的性質
無水物は常温常圧で無色の固体で、189.5 ℃ で分解し、ギ酸、、二酸化炭素[1]を生じる。吸湿性を持ち、湿気を含んだ空気中に放置すると二水和物となる。水溶液からも二水和物が析出し、二水和物を五酸化二リンを入れたデシケーター中に入れるか、100 ℃ に加熱することにより結晶水を失い無水物となる。 <ce>(COOH)2 -> HCOOH\ + CO2</ce>
酸としての性質
カルボキシ基を持つため水溶液中では電離して2価の酸として作用を示す。弱酸として分類されることが多いが、リン酸などよりも強く酸解離定数はスクアリン酸に近い。第一段階の電離度は 0.1 mol dm−3 の水溶液では 0.6 程度とかなり大きい。
- <ce>H2C2O4(aq)\ + H2O(l)\ \overrightarrow\longleftarrow\ H3O^+(aq)\ + HC2O4^-(aq)</ce>, [math]\mbox{p}K_{a1} = 1.27 \,[/math]
- <ce>HC2O4^-(aq)\ + H2O(l)\ \overrightarrow\longleftarrow\ H3O^+(aq)\ + C2O4^{2-}(aq)</ce>, [math]\mbox{p}K_{a2} = 4.27 \,[/math]
純粋なものが得やすく秤量しやすい固体であるため、分析化学においてシュウ酸は中和滴定の一次標準物質として用いられる。
水溶液中における酸解離に対する熱力学的諸量は以下の通りである[2]。
[math]\mathit{\Delta} H^\circ[/math] | [math]\mathit{\Delta} G^\circ[/math] | [math]\mathit{\Delta} S^\circ[/math] | [math]\mathit{\Delta} Cp^\circ[/math] | |
---|---|---|---|---|
第一解離 | −4.27 kJ mol−1 | 7.24 kJ mol−1 | −38.5 J mol−1K−1 | − |
第二解離 | −6.57 kJ−1mol−1 | 24.35 kJ mol−1 | −103.8 J mol−1K−1 | −238 J mol−1K−1 |
還元剤としての性質
シュウ酸は還元剤としてはたらき、分析化学において酸化還元滴定における一次標準物質としても用いられる。その標準酸化還元電位は以下の通りである。
- <ce>2 CO2(g)\ + 2 H^+(aq)\ + 2e^- = H2C2O4(aq)</ce>, [math]E^\circ = -0.475 \mbox{V}[/math]
酸性水溶液中における過マンガン酸カリウムとの反応は以下のようになる。
- <ce>5H2C2O4\ + 2MnO4^-\ + 6H^+ -> 10CO2\ + 2Mn^{2+} \ + 8H2O</ce>
シュウ酸イオン
シュウ酸の第一段階解離により生成するシュウ酸水素イオン (hydrogenoxalate, テンプレート:Chem、テンプレート:Chem) は1価の陰イオンであり、第二段階解離により生成するシュウ酸イオン (oxalate, テンプレート:Chem、テンプレート:Chem) は2価の陰イオンである。シュウ酸イオンは平面型で炭素-炭素間は単結合、炭素-酸素間は共鳴し単結合および二重結合の中間的な性格を持つ。
シュウ酸塩
シュウ酸イオンを含むイオン結晶である正塩、シュウ酸塩 (oxalate) と、シュウ酸水素イオンを含む酸性塩であるシュウ酸水素塩 (hydrogenoxalate) が存在する。正塩はアルカリ金属塩およびアンモニウム塩、アルミニウム塩および鉄(III)塩は水に可溶性であるが、アルカリ土類金属塩を始めとする多くのものが難溶性である。鉄(III)塩の水溶液は徐々に分解しシュウ酸鉄(II) FeC2O4 を析出し、銀塩は加熱により爆発的に分解する。
- シュウ酸アンモニウム (<ce>(NH4)2C2O4</ce>)
- シュウ酸ナトリウム (<ce>Na2C2O4</ce>)
- シュウ酸カルシウム (<ce>CaC2O4</ce>)
- シュウ酸鉄 (<ce>FeC2O4</ce>, <ce>Fe2(C2O4)3</ce>)
シュウ酸エステル
シュウ酸とアルコールが脱水縮合した構造を持つエステルをシュウ酸エステルと呼び、(COOR)2 の構造を持つ。シュウ酸ジメチルは融点 54 ℃ の固体で水に可溶性であるが、シュウ酸ジエチルは融点 −40.6 ℃ の液体で、水に難溶性である。シュウ酸とアルコールの混合物を濃硫酸と加熱することにより合成する。
オキサラト錯体
シュウ酸イオンは主に二箇所の酸素原子で金属イオンに配位結合を形成し、オキサラト錯体 (oxalato) を形成する。配位子としてのシュウ酸イオン テンプレート:Chem は ox と略す。コバルト(III)に配位したものを始めとして多くの遷移金属錯体が存在する。
- オキサラトテトラアンミンコバルト(III)塩化物 (<ce>[Co(ox)(NH3)4]Cl</ce>)
- トリスオキサラト鉄(III)酸ナトリウム (<ce>Na3[Fe(ox)3]</ce>)
- オキサリプラチン (<ce>[Pt(ox)(C6H10(NH2)2)]</ce>)
摂取
シュウ酸は一部の野菜に含まれている。一方で過剰なシュウ酸摂取は一部の結石の原因になるとも考えられている。水溶性のシュウ酸の除去には調理で茹でることで減少させることが可能。また、カルシウムを同時に摂取するとシュウ酸がカルシウムと腸内で結合しシュウ酸塩となり体内に吸収されにくくなる。
血液中ではシュウ酸はカルシウムとシュウ酸塩を形成して生体が利用可能なカルシウムの量を減らすことから、クエン酸と同じくカルシウムがないと反応が進まない血液の凝集凝固作用を阻害する。
2015年にはフィリピンのマニラでミルクティーにシュウ酸が盛られ、店主と客一人が死亡する事件が発生した(2015 Sampaloc milk tea poisoningを参照)。
参考文献
- ↑ http://www.ed.kanazawa-u.ac.jp/~kashida/PDF/chemIb/chap7/chemt706.pdf (PDF, 金沢大学(P.186))
- ↑ 田中元治 『基礎化学選書8 酸と塩基』 裳華房、1971年
関連項目
外部リンク
- 飲食物中のシュウ酸含有量について(2008/01/07) 医薬品情報21