コショウ
コショウ(胡椒、学名:Piper nigrum)は、コショウ科コショウ属のつる性植物、または、その果実を原料とする香辛料のこと。インド原産[1]。味は辛い[2] 。
種類
収穫のタイミングや製法の違いにより以下の4種類が存在する。 ピペリン (piperine) という化学物質が胡椒に独特の風味を与える。
- 黒胡椒
- 別名『ブラックペッパー』とも呼ばれ、胡椒の木から取れた完全に熟す前の緑色の実を長時間かけて乾燥させ黒色に変色させたもの。乾燥の際皮にシワが発生するが、剥がさずそのまま使用する。世界中のどんな地域を旅しても、塩の隣にブラックペッパーの小瓶が並んでいると言われている。強い独特の風味があり、特に牛肉との相性が良い。
- 白胡椒
- 別名『ホワイトペッパー』とも呼ばれ赤色に完熟してから収穫した後、乾燥させた後に水に漬けて外皮を柔らかくして剥ぐと白色の実が出てくる。ブラックペッパーより風味が弱く魚料理と相性が良い。薬用には一般的にこれが使われる(後述『薬用』節を参照)[1]。人によってはホワイトペッパーに強い不快臭を感じる事があるが、これは製造工程で原料を水に浸けて外皮を腐敗して除去する際に発生するインドール等の糞便臭、腐敗臭、チーズ臭のような一般に人が不快臭を感じる成分が発生しやすい事による。この不快臭の強さはホワイトペッパーの製造工程に依存し、流水を数日間流し続けながら外皮を腐敗させればほとんど不快臭のしない綺麗な状態のホワイトペッパーを製造できる事も知られている。[3]
- 青胡椒
- 完全に熟す前の実で収穫するが、ブラックペッパーと異なり塩漬けまたは短期間で乾燥したもの。青胡椒と呼ばれるが、実の色は緑である。「爽やかな特徴のある辛み」があり、肉料理や魚料理との相性が良いとされる[4]。タイ料理やカンボジア料理では、香辛料としてではなく、実を炒め物の「食材」として利用する。なお、別名として『グリーンペッパー』とも呼ばれるが、これはピーマンを指す場合もあるので注意が必要である。
- 赤胡椒
- 赤色に完熟してから収穫するが、ホワイトペッパーと異なり外皮をはがさずにそのまま使用する。ペルーなど南アメリカの料理で使用されることが多く、マイルドな風味であり、また色合いもよい。別名は『ピンクペッパー』と呼ばれる。なお、代用品として南アメリカ原産のウルシ科の植物「コショウボク」の実が『ピンクペッパー』の名前でインドやカンボジアなどで使用されることがあるが、別名「ポブレ・ロゼ」とよばれるこの実は正確にはコショウではない[5]。また、セイヨウナナカマドやサンショウモドキの実とも酷似している。赤胡椒を直訳すると『レッドペッパー』であるが、これは唐辛子のことをさす。
胡椒は、粉に挽いたものや、さらに塩と混ぜた「塩コショウ」として売られているものが多いが、本来の風味を愉しむなら、ペパー・ミルで、使うたびに挽くのが理想的である。ペパー・ミルは、使い捨ての「ミル付きコショウ」から、円筒形のボディに擬宝珠のようなハンドルの付いた、木製のデザインに優れた芸術品まで、いろいろな種類がある。
コショウの消費期限は製造方法や保管状況にもよるがおおよそ2〜3年である。挽いた後のものは挽く前より香味が飛びやすくなるので短くなる。また「白胡椒」「黒胡椒」の乾燥させたものは「青胡椒」「赤胡椒」といった乾燥させる前のものより長持ちしやすくなる。大航海時代など物流が発達する前は「青胡椒」「赤胡椒」は原産地での香辛料や食材として使用されていたのに対し、原産地から離れていたヨーロッパでは「白胡椒」「黒胡椒」を使用した料理が多かった。現在は物流が発達したことや世界各地で胡椒の生産が行なえるようになったこと、さらに各国の料理が世界中に広まっていることからこの区別はなくなっている。
歴史
コショウは、古代からインド地方の主要な輸出品だった。紀元前4世紀の初め頃、古代ギリシアの植物学者テオフラストゥスは『植物誌』の中でコショウと長コショウを考察している。コショウは当時から貴重で、紀元1世紀のローマの歴史家大プリニウスは1ポンド(約500グラム)の長コショウの価値は15デナーリ、白コショウは7デナーリ、黒コショウは4デナーリと記録している。古代の地中海世界では、長コショウが成熟したものが黒コショウになると考えられており、その間違いは、16世紀にガルシア・デ・オルタによって改められるまで続いた[6]。
胡椒は、ピペリン(piperine)による抗菌・防腐・防虫作用が知られており、冷蔵技術が未発達であった中世においては、料理に欠かすことのできないものでもあり、大航海時代に食料を長期保存するためのものとして極めて珍重された。ヨーロッパの様々な料理に使われており、またその影響を受けた様々な料理でも使われている。このため、インドへの航路が見つかるまでは、ヨーロッパでは非常に重宝されていた。十字軍、大航海時代などの目的のひとつが胡椒であったという見方もある[7][8][9]。その取引における高値のさまは、1世紀のローマにおいて、金や銀と胡椒が同重量で交換されたかのような表現もされ[10]、 中世ヨーロッパにおいては、香辛料の中で最も高価であり、貨幣の代用として用いられたりもした[11]。輸入をしていたヴェネチアの人々は胡椒をさして「天国の種子」と呼び、価値を高めることもしていたという[12]。
ゲルマン部族のリーダー(西ゴート族の王)であったアラリック1世にローマが包囲された際、市民は包囲を解く代償として金5千ポンド、銀3万ポンド、絹のチュニック4千着、緋色に染めた皮革3千枚、そして胡椒3千ポンドを渡すことに同意した[13]。
中国では西方から伝来した香辛料という意味で、胡椒と呼ばれた(胡はソグド人を中心に中国から見て西方・北方の異民族を指す字であり、椒はカホクザンショウを中心にサンショウ属の香辛料を指す字である)。日本には中国を経て伝来しており、そのため日本でもコショウ(胡椒)と呼ばれる。 天平勝宝8年(756)、聖武天皇の77日忌にその遺品が東大寺に献納された。その献納品の目録『東大寺献物帳』の中にコショウが記載されている。当時の日本ではコショウは生薬として用いられていた。コショウはその後も断続的に輸入され、平安時代には調味料として利用されるようになった[14]。
唐辛子が伝来する以前には、山椒と並ぶ香辛料として現在よりも多用されており、うどんの薬味としても用いられていた。現在でも船場汁、潮汁、沢煮椀などの吸い物類を中心に、薬味としてコショウを用いる日本料理は残存している。(「胡椒茶漬け」という料理があったという記録もある)。 唐辛子はその伝来当初、胡椒の亜種として「南蛮胡椒」「高麗胡椒」などと呼ばれていた。このため現在でも九州地方を中心に、唐辛子の事を「胡椒」と呼ぶ地域がある。九州北部にて製造される柚子胡椒や、沖縄のコーレーグス(高麗胡椒)の原料は唐辛子である。胡椒を主に唐辛子の意で用いる地域では、P. nigrumは「洋胡椒」と呼んで区別することもある。
産地
原産地はインド南西マラバール地方[1]。 現在ではインド・インドネシア・マレーシア・ベトナム・スリランカ・ブラジル・カンボジアが主な産地[15]。
栽培
通常は接木栽培であり、種から発芽させることは非常に困難である。高さは5〜9メートルに達し、木質になるつる茎は、支柱などに巻きつけ生育させる。さし木3年目から少しずつ花房をつけはじめ果実をつける。果実はひと房に50〜60個で7〜8年で最盛期を迎え、以降15-20年間収穫できる。1本のつるからの乾物年収量は約2kgである[15]。
連作障害があり土壌により植物寄生性線虫が発生したり[16]病害などにかかりやすく、南米での栽培では壊滅的な打撃が発生したことがある[17]。胡椒栽培は肥料代や労力のわりに価格が安く、放置される農園もある[18]。一方、21世紀に入ると情報技術の進歩により物流状況や市場価格がいち早く確認できるようになったため生産調整が可能になったこと、また中華人民共和国やインドなど人口の多い地域で需要が増大したことでコショウの価格は再び上がるようになり、2005年から2014年の間に横浜港での通関単価が4倍に高騰している[19]。
近縁種
同じコショウ属に属する東南アジア原産のヒハツモドキ(P. retrofractum)も沖縄などで古くから香辛料として使われる。なお、ヒハツモドキと形状の似ているヒハツ(P. longum、長コショウ)はかつてはヨーロッパにおいてコショウと概ね混同されてはいたものの同様に利用されていた。
日本本土ではフウトウカズラ(風藤蔓、P. kadzura)が神奈川県・千葉県以南各地の海岸近くに自生するが、用途はない。
文学に現れる胡椒
- 井原西鶴の「日本永代蔵」に胡椒の日本伝来事情の記述がある。昔は胡椒は中国から輸入していたが、唐人は日本で栽培されないよう胡椒粒に熱湯をかけてから引き渡していたので、日本で蒔いても芽が出なかった。ある時、高野山で一度に三石(約540リットル)もの胡椒を蒔いたら2本だけ根を生やし、それから日本国中に胡椒が広がったのだという。
- くしゃみ講釈、棒鱈 - 胡椒が出てくる落語
薬用
成分としてアルカロイドに分類されるピペリンが含まれており、薬効を期待した薬膳料理に使用される[1]。効能としては消化不良、嘔吐、下痢、腹痛などの症状に対して[1]、また、抗がん作用、抗酸化作用[20]もあるとされる。ダイエット用などのサプリメント、他の成分の吸収率を高めるなどの効果があるとして健康食品にも使用され [21] [22] [23] 、一緒に摂取した医薬品の作用を増強することも報告されている[20]が、多量に摂取した場合に他の医薬品と相互作用を示すことから、健康被害が発生する可能性を否定できず注意が必要ともされる[24]。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 難波 2000, p. 105
- ↑ P.122。塩辛さとは違う辛さ。太田静行他 (1983), “鹹味に及ぼすコショウの影響” (PDF), 調理科学 (一般社団法人日本調理科学会) 16: 122-126, ISSN 09105360, NAID 110001171688, NCID AN00382866
- ↑ “Role of the Fermentation Process in Off-odorant Formation in White Pepper: On-site Trial in Thailand”. J. Agric. Food Chem., 2005, 53 (15), pp 6056–6060 (2005年). . 2017閲覧. Martin Steinhaus and Peter Schieberle * Deutsche Forschungsanstalt für Lebensmittelchemie, Lichtenbergstrasse 4, D-85748 Garching, Germany J. Agric. Food Chem., 2005, 53 (15), pp 6056–6060 DOI: 10.1021/jf050604s Publication Date (Web): June 28, 2005 Copyright © 2005 American Chemical Society
- ↑ “グリーンペッパー(青胡椒)”. GABAN (2004年). . 2013閲覧.
- ↑ 中公新書「香辛料の民俗学」P115。
- ↑ ドルビー 2004, pp. 139-148.
- ↑ 高橋 1990, p. 247
- ↑ 大航海時代のポルトガルの例。高橋 1990, p. 269
- ↑ ハウス食品 1999, 「スパイスは貴重品だった!」節
- ↑ 高橋 1990, pp. 249-250
- ↑ 高橋 1990, p. 251
- ↑ 高橋 1990, p. 252
- ↑ J. Norwich (1989). Byzantium: The Early Centuries. Knopf, 134. ISBN 978-0394537788.
- ↑ 鈴木晋一 『たべもの噺』 平凡社、1986年、pp.68-69
- ↑ 15.0 15.1 日本胡椒協会. “胡椒の産地・種類”. . 2015年6月閲覧.
- ↑ 「ドミニカ共和国の胡椒栽培における植物寄生性線虫(植物線虫)」日本応用動物昆虫学会大会講演要旨[1]
- ↑ 「ブラジル移民の100年 アマゾンのアグロフォレストリ」[2]
- ↑ 大阪府社会科研究会HP「胡椒栽培と放置胡椒園」[3]
- ↑ 「コショウ高騰 世界的需要増に生産者売り急がず 横浜港、10年で4.6倍に」(2015年6月29日、神奈川新聞)
- ↑ 20.0 20.1 長谷川貴志他 2010, PDFの1枚目
- ↑ "他のサプリメント成分の吸収率を高めるなどの効果があるとして、いわゆる健康食 品の原材料として用いられている。"長谷川貴志他 2010, PDFの1枚目
- ↑ ダイエット効果として。“脂肪燃焼系”. jimbo ClinicSendai (2009年). . 2013閲覧. “ダイエット効果の高い辛み成分ピペリン”
- ↑ サプリの例。“ダイエットパワー(刺激物なし)”. Boston Vitamin. . 2013閲覧. “黒コショウ(ピペリン9%含有)100mg”
- ↑ 長谷川貴志他 2010, PDFの3枚目
文献情報
- 「胡椒貿易と植付」大阪新報1921.2.8(大正8)(神戸大学附属図書館)[4]
- 「胡椒:その栽培から利用まで」後藤隆郎(国際農林業協力協会編1983.2.)書誌情報[5]
- 高橋保 『16世紀初頭までの南アジア・東南アジアにおける胡椒の生産と貿易』、1990年、247-272頁。 NAID 120002815816。 NCID AA1080427X 。
- 難波恒雄 「薬膳原理と食・薬材の効用(2) : 薬膳に用いる身近な食物」、『日本調理科学会誌』 (日本調理科学会誌) 第33巻100-106頁、2000年。 NAID 110001170018。 NCID AN10471022 。
- 長谷川貴志他 「黒コショウを含有したいわゆる健康食品におけるピペリン含有量について」 (PDF)、『千葉県衛研年報』 (千葉県衛生研究所医薬品研究室) 第59巻70-73頁、2010年 。
- アンドリュー・ドルビー; 樋口幸子訳 『スパイスの人類史』 原書房、2004年。ISBN 4562038004。
関連項目
外部リンク
- 胡椒の産地・種類 日本胡椒協会HP
- ハウスの出張授業
- ハウス食品 『歴史の中のスパイス(その1)』、1999年 。