グルージャ盛岡
グルージャ盛岡 | |
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原語表記 | グルージャ盛岡 |
呼称 | グルージャ盛岡 |
クラブカラー |
ホワイト[1] レッド[1] ブラック[1] |
創設年 | 2003年 |
所属リーグ | 日本プロサッカーリーグ |
所属ディビジョン | J3リーグ |
クラブライセンス | J3 |
ホームタウン | 岩手県盛岡市、北上市、宮古市、大船渡市、花巻市、久慈市、遠野市、一関市、釜石市、二戸市、八幡平市、奥州市、滝沢市、雫石町、葛巻町、岩手町、紫波町、矢巾町、西和賀町、金ケ崎町、平泉町、住田町、大槌町、山田町、岩泉町、田野畑村、普代村、軽米町、野田村、九戸村、洋野町、一戸町を中心とする岩手県全県[1] |
ホームスタジアム | いわぎんスタジアム[1] |
収容人数 | 4,946[1] |
運営法人 | 株式会社いわてアスリートクラブ[1] |
代表者 | 菊池賢 |
公式サイト | 公式サイト |
■テンプレート |
グルージャ盛岡(グルージャもりおか、Grulla Morioka)は、日本の盛岡市、北上市、宮古市、大船渡市、花巻市、久慈市、遠野市、一関市、釜石市、二戸市、八幡平市、奥州市、滝沢市、雫石町、葛巻町、岩手町、紫波町、矢巾町、西和賀町、金ケ崎町、平泉町、住田町、大槌町、山田町、岩泉町、田野畑村、普代村、軽米町、野田村、九戸村、洋野町、一戸町を中心とする岩手県全県をホームタウンとする、日本プロサッカーリーグ (Jリーグ) に加盟するサッカークラブである。
概要
クラブ名のグルージャ(Grulla)は、スペイン語で「鶴」の意味で、盛岡藩藩主南部氏の家紋「向鶴」と、盛岡の名物「じゃじゃ麺」、この地方の方言に多く含まれる「じゃ」の響きに因んでいる。107通の一般公募の中から決定された。
ホームスタジアムはいわぎんスタジアム[1]、練習場はつなぎ多目的運動場。エンブレムは南部氏の家紋である「向鶴」をモチーフにしている。マスコットはキヅールで折り鶴がモチーフである。
Jリーグ加盟当初は盛岡市をホームタウンとしていたが、2017年6月に北上市をホームタウンに加え[2]、2017年12月に陸前高田市を除く県内全市町村をメインのホームタウン自治体に加え、岩手県全県へホームタウンを拡大した[3]。陸前高田市については、2011年の東日本大震災以降、復興支援活動を行い、同市と友好協定を締結している川崎フロンターレとの関係性を考慮し、メインのホームタウン自治体への追加は見送っている[4]。
歴史
前史
- 2003年
- 12月、「特定非営利活動法人Jリーグチームを盛岡に作る会」が発足。盛岡商業高校、盛岡中央高校出身者により2000年に創設されたヴィラノーバ盛岡を改組してグルージャ盛岡が発足した。
- 2004年
- 市原元選手の武藤真一が監督兼任選手に就任すると共に、水戸から金子剛、桜井鐘吾、池田光忠らが加入。東北社会人サッカーリーグ2部北ブロックで優勝し、東北リーグ1部に昇格した。
2005年 - 2013年(東北リーグ1部)
- 2005年
- チーム初の外国人選手で元U-17カメルーン代表のディディエ・コウアカム、元ベガルタ仙台の西洋祐、元モンテディオ山形の大瀧直也など獲得。東北リーグ1部で初優勝、全国地域リーグ決勝大会は1次ラウンドを1勝1敗の成績で1次ラウンド敗退となった。
- 2006年
- 前年末に選手への給料や業者への未払金が1,000万円に達していることが明らかになり、経営陣と武藤が辞任し、岩手県紫波町出身の吉田暢が監督に就任した。また、同じく紫波町出身で元サガン鳥栖の佐藤大実を獲得。東北リーグ1部は2位の成績。
- 2007年
- 吉田体制2年目。スーパーアドバイザーの八重樫茂生が富士通サッカー部の総監督を務めていた当時の所属選手今井敏明がチャイニーズタイペイ代表の監督をしていたつながりから同代表GKの呂昆錡が入団した。4月30日にチャイニーズタイペイ代表との親善試合が盛岡南公園球技場で行われた(4-0で勝利)。東北リーグ1部で2年ぶりに優勝、全国地域リーグ決勝大会は2戦2敗の成績で1次ラウンドで敗退。
- 2008年
- 吉田体制3年目。守備面の強化を課題に挙げ下屋敷恒太郎、石井雄真ら12人の選手を獲得。東北リーグ1部は12勝2分の成績で2連覇。第32回全国地域サッカーリーグ決勝大会は2年連続で1次ラウンド敗退となった。岩手県サッカー選手権大会で優勝して天皇杯に県代表として3年ぶりに出場。1回戦の山形大学戦で岩手県勢初勝利を挙げた。
- 2009年
- 吉田体制4年目。大船渡市出身で元ベガルタ仙台の中田洋介を獲得。西洋祐、大瀧直也、三戸雄志などもチームに復帰した。4月10日運営組織をNPO法人から株式会社に移行。チーム顧問に八重樫茂生、チームアドバイザーに盛岡商業高校サッカー部監督の斎藤重信が就任した。東北リーグ1部で3年連続の優勝。第33回全国地域サッカーリーグ決勝大会は3年連続で1次ラウンド敗退となった。
- 2010年
- 吉田体制5年目。徳島ヴォルティス元主将のGK島津虎史を獲得、その他徳島からレンタル移籍の菅原康太、大原卓丈など11名の選手が入団。また、練習環境の向上を掲げて夜間練習から日中の午前練習に移行しシーズンをスタートした。天皇杯は2回戦で札幌と対戦し敗退。東北リーグ1部は4年連続の優勝。第34回全国地域サッカーリーグ決勝大会は4年連続で1次ラウンド敗退となった。シーズン終了後に中田洋介が引退した。
- 2011年
- 吉田体制6年目。3月11日に発生した東日本大震災の影響で東北リーグ開幕が延期。チームは被災地へ出向き、瓦礫撤去などのボランティア活動を行った。4月17日、横浜FCと練習試合(30分ハーフ)を行う(0-2で敗北)。会場の岩手県営運動公園陸上競技場には被災地から招待した小中学生を含む約13,500人の観客が入った。延期されていた東北リーグも5月15日に開幕。第3節で福島に0 - 4で敗れ、リーグ2位に終わり、5年連続の全国地域サッカーリーグ決勝大会出場は成らなかった。第47回全国社会人サッカー選手権大会は2回戦でSC相模原に敗退。シーズン終了後に吉田が監督を退任した。
- 2012年
- 昨年度コーチを務めた鳴尾直軌が監督に就任。鳴尾が以前監督をしていたアルビレックス新潟・シンガポール所属の選手など18人の選手を獲得したが、東北リーグ1部は2位に終わった。
- 2013年
- 鳴尾体制2年目。草津から盛岡市出身の林勇介や土井良太、鳥栖から守田創などを獲得した。6月17日、Jリーグ準加盟を申請して、8月20日に承認された[5]。東北リーグ1部で3年ぶりにリーグ優勝。第49回全国社会人サッカー選手権大会は準優勝、第37回全国地域サッカーリーグ決勝大会で初優勝した。
- 12月2日、Jリーグ入会が承認され、2014年のJ3リーグ参加が決定した[6]。Jリーグ加盟前に、日本フットボールリーグ、前身のジャパンフットボールリーグ、またはJリーグの前身とも言える日本サッカーリーグなどの全国リーグ参加経験が一度もないクラブが加盟する事例は、U-22選抜やU-23などの年代別特例参加チームを除けば、Jリーグ創設時に立ち上げられた清水エスパルス以来2例目である。
2014年 - (J3)
- 2014年
-
- クラブスローガン:「Change & challenge 変革そして挑戦」
- 鳴尾体制3年目。相模原から斎藤広野と橋本真人、秋田から菅原太郎を獲得。松本から鴇田周作を期限付き移籍で獲得。また3月には岡山から大道広幸を獲得。
- リーグ戦は開幕直後3連勝で一時リーグ首位に立ち、12チーム中5位でシーズンを終えた。天皇杯は1回戦で関東リーグ・浦安SCに敗れた。
- 2015年
-
- クラブスローガン:「進化 Evolution」
- 鳴尾体制4年目。福岡から畑本時央、鳥取から森英次郎と住田貴彦、富山から木村勝太、福島から益子義浩、鹿児島から谷口堅三、JFL・SP京都FCから田端信成、北信越1部・サウルコス福井から阿部優、北信越1部・JAPANサッカーカレッジから花田力、タイ・ナコーンラーチャシーマーFCから小井手翔太、アルビレックス新潟シンガポールから石川雅博を獲得。山形から谷村憲一、長崎からチョン・フンソンを期限付き移籍で獲得。
- 3月に土井康平が京都に期限付き移籍。4月にSV Gonsenheimから井上丈、新潟県リーグ・グランセナ新潟FCから齋藤恭志を獲得。7月にチョン・フンソンが退団。札幌から工藤光輝を期限付き移籍で獲得。8月に長野から高慶汰を期限付き移籍で獲得。9月にモンテネグロ・FKロブチェンから豊嶋邑作を獲得した。
- リーグ戦は13チーム中11位でシーズンを終えた。天皇杯は1回戦で町田に敗れた。シーズン終了後、鳴尾が監督を退任した。
- 2016年
- クラブスローガン:「一岩」
- 新監督に前ユニバーシアードサッカー日本代表監督・元明治大学体育会サッカー部監督の神川明彦が就任。福岡から牛之濱拓、長野から土井良太、YS横浜から梅内和磨、JFL・MIOびわこ滋賀から安楽健太、東京武蔵野シティFCから土井秀徒を完全移籍で、町田から垣根拓也を期限付き移籍で獲得。土井康平が期限付き移籍から復帰、谷村憲一が完全移籍に移行、工藤光輝の期限付き移籍期間が延長された。また明治大学から鈴木達也、関東学院大学から土館賢人、久保海都が加入した。
- 3月に元サウルコス福井の笠原淳、6月に特別指定選手として富士大学の鈴木一朗が加入。夏の移籍期間には横浜FCから石井圭太を東京Vから郡大夢を育成型期限付き移籍で獲得、元群馬の八角大智が新加入した。一方で3月に土井秀徒、4月に高瀬証、9月に齋藤恭志が双方合意の契約解除により退団した。
- リーグ戦は16チーム中13位で終了、天皇杯は2回戦で仙台に勝利したが、続く3回戦でJFL・Honda FCに敗れた。
- 9月2日、代表取締役副社長(当時)が同年3-8月にクラブの運営資金を不正に私的流用していたと発表。合わせて副社長が8月25日の取締役会で経緯を説明した上で同職の辞表を提出し受理したことを公表した[7][8]。結局、私的流用額は5,000万円に上り(元副社長の経営する会社の運転資金に充当)、うち元副社長からの貸付金と弁済費用を除いた2,404万円が回収不能になったことが11月16日までに明らかとなった[9]。10月にJリーグはJ3ライセンス発給を継続審議とした[10][11] が、11月16日に譴責と制裁金を課した[9] 上で、J3ライセンスを交付した[12]。
- シーズン終了後、神川が契約満了により監督を退任。松田賢太が現役を引退、小林亮太、土井良太、高橋悠馬、横山卓司、豊嶋邑作、飯山悠吾が契約満了、郡大夢(東京Vへ復帰→G大阪へ期限付き移籍)、工藤光輝は期限付き移籍期間満了で退団、牛之濱拓が栃木SCへ完全移籍した。
- 2017年
-
- クラブスローガン:「Restart」
- 新監督にナショナルトレセンの東北担当を務めた菊池利三が就任。福島から金弘淵、JFL・ブリオベッカ浦安から中島宏海、相模原から岩渕良太を完全移籍で、町田から福田友也を期限付き移籍で獲得。垣根拓也が完全移籍に移行。桐蔭横浜大学から田中憧、今関耕平、立教大学から菅本岳が加入した。7月に仙台から差波優人が、8月に上海上港集団足球倶楽部から楊帆が期限付き移籍で加入した[13]。
- リーグ戦は17チーム中15位で終了、天皇杯は1回戦でJFL・ソニー仙台に勝利、続く2回戦で浦和に敗れた。
- 林勇介、森英次郎が現役を引退、金弘淵、井上丈、守田創、八角大智が契約満了、楊帆、差波優人が期限付き移籍期間満了で退団、垣根拓也、谷口堅三、岩渕良太が藤枝、土館賢人がYS横浜へ完全移籍した。
- 2018年
-
- クラブスローガン:「繋(つなぐ)」
- 菊池体制2年目。G大阪から嫁阪翔太、沼津から白石智之、田中舜、河津良一、鳥取から稲森克尚、福島1部・いわきFCから高柳昂平を完全移籍で、湘南から宮市剛、呂薛安を期限付き移籍で大宮から山田陸、藤沼拓夢、大分から江頭一輝を育成型期限付き移籍で獲得。福田友也が完全移籍に移行。岐阜経済大学から谷口海斗、大阪体育大学から太田賢吾、中国から高校卒の陳運華が加入した。5月に小谷光毅が加入。6月にはユース所属の清水敦貴、関龍聖を2種登録した。
成績
タイトル・表彰
リーグ戦
- 東北社会人サッカーリーグ1部:6回
- 2005, 2007, 2008, 2009, 2010, 2013
- 東北社会人サッカーリーグ2部北ブロック:1回
- 2004
- J3リーグフェアプレー賞:3回
- 2015, 2016, 2017
その他
- 全国地域サッカーリーグ決勝大会:1回
- 岩手県サッカー選手権大会(兼天皇杯岩手県予選):11回
- 2005, 2008-2017
- 東北総合体育大会(兼国体東北予選):2回
- 2013, 2015
個人
- 東北リーグ1部
- 得点王
- 2005年 原田太
- 2007年 佐々木健治(17得点)
- 2008年 加藤浩史(18得点)
- 2009年 加藤浩史(23得点)
- 2012年 佐藤幸大(14得点)
ユニフォーム
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チームカラー
- ホワイト、 レッド、 ブラック
ユニフォームスポンサー
掲出箇所 | スポンサー名 | 表記 | 掲出年 | 備考 |
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胸 | 日盛ハウジング | パルコホーム | 2007年 - | |
鎖骨 | 医療法人敬星会 二宮内科クリニック | 医療法人敬星会 二宮内科クリニック |
2018年 - | |
背中上部 | 株式会社陽だまり工房 | 株式会社陽だまり工房 | 2018年 - | |
背中下部 | 薬王堂 | 薬王堂 | 2017年4月 - | |
袖 | 黄金の國、いわて | 黄金の國、いわて | 2017年6月 - | |
パンツ | 無し | - | - |
ユニフォームサプライの遍歴
歴代ユニフォームスポンサー年表
年度 | 胸 | 鎖骨 | 背中上部 | 背中下部 | 袖 | パンツ | サプライヤー |
2004 | 東日本ハウス | 解禁前 | いわちく | 解禁前 | 銀河高原ビール | ホテル東日本 | PUMA |
2005 | JA全農いわて | 佐々木皮膚科 | - | Mizuno | |||
2006 | 山忠ホーム | タルトタタン | |||||
2007 | パルコホーム | asics | |||||
2008 | タケダスポーツ | ||||||
2009 | JA全農いわて | ||||||
2010 | - / 巖手屋 | ||||||
2011 | 巖手屋 | svolme | |||||
2012 | |||||||
2013 | JA全農いわて / 花巻温泉 | ||||||
2014 | - | 岩手県北バス 岩手県北観光 |
- / Parc Ave. | ||||
2015 | RISE | - | |||||
2016 | 岩手日報 | RISE | チョコ南部 PREMIUM | ||||
2017 | - | - / 薬王堂 |
- / 黄金の國、いわて |
- | UNDER ARMOUR | ||
2018 | 医療法人敬星会 二宮内科クリニック |
株式会社陽だまり工房 | 薬王堂 | 黄金の國、いわて |
下部組織
アカデミー
2005年に創設され、高校生年代のユース(U-18)、中学生年代のジュニアユース(U-15)、小学生年代のジュニア(U-12)を保有。年代別の日本代表候補も輩出している。
グルージャ盛岡U-18
2013年、育成組織の一貫指導体制の強化、Jリーグ準加盟及びJリーグクラブライセンスの取得を目的とし設立。岩手県のクラブユースチーム(U-18)はヴェルディ花巻(現在は活動休止中)、水沢ユナイテッドFCに次いで3チーム目。
年度 | 所属 | リーグ戦 | カップ戦 | |||||||
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試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 | クラブユース 選手権 |
Jユースカップ | |||
2013 | 岩手3部 | 東北予選敗退 | - | |||||||
2014 | 10 | 27 | 9 | 0 | 1 | 優勝 | 東北予選敗退 | - | ||
2015 | 岩手2部A | 14 | 12 | 4 | 8 | 8位 | 1回戦敗退 | |||
2016 | 岩手2部B | 10 | 3 | 1 | 10 | 7位 | 1回戦敗退 | |||
2017 | 岩手3部 | 14 | 38 | 12 | 2 | 0 | 優勝 | 1回戦敗退 | ||
2018 | 岩手2部 |
グルージャ盛岡U-15
2010年、全日本ユース(U-15)フットサル大会に出場。2012年、岩手県U-15サッカーリーグ1部優勝。
年度 | 所属 | リーグ戦 | カップ戦 | ||||||||
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試合 | 勝点 | 勝 | 分 | 敗 | 順位 | クラブユース 選手権 |
高円宮杯 | JFA プレミアカップ | |||
2009 | 岩手2部 | 7 | 21 | 7 | 0 | 0 | 優勝 | 東北予選敗退 | |||
2010 | 岩手1部 | 15 | 5 | 2 | 4位 | ||||||
2011 | 3位 | ||||||||||
2012 | 14 | 32 | 10 | 2 | 優勝 | 東北予選敗退 | |||||
2013 | 岩手県予選敗退 | ||||||||||
2014 | 14 | 30 | 10 | 0 | 4 | 2位 | 岩手県予選敗退 | ||||
2015 | 北東北 | 18 | 4 | 1 | 1 | 16 | 9位 | 東北予選敗退 | |||
2016 | 岩手1部 | 14 | 34 | 11 | 1 | 2 | 優勝 | 東北予選敗退 | |||
2017 | 北東北 | 19 | 6 | 1 | 7 | 5位 | 岩手県予選敗退 | 東北ベスト4 | |||
2018 |
グルージャ盛岡U-12
2013年、ダノンネーションズカップ in JAPAN東北予選で優勝して、同全国大会に出場。2017年、全日本少年フットサル大会に出場。
サッカースクール
サッカー及びスポーツの普及を目的とし、県内9ヵ所(盛岡市、八幡平市、雫石町)に小学生や就学前児を対象にしたサッカースクールを開講。2012年からは盛岡市限定での開催となっているが大人向けのサッカースクールも開講している。
セカンドチーム
2005年に「グルージャ・ヒストリア」として発足し、岩手県リーグ3部に参入[14]。のち「グルージャ盛岡イストリア」に改称。2009年に東北リーグ2部北へ昇格したが、人数不足のため2010年3月24日をもって解散した[15]。
年度 | 所属 | 順位 | 勝点 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 差 | 天皇杯 | 監督 |
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2005 | 岩手県3部 | 2位 | 22 | 10 | 7 | 1 | 2 | 46 | 13 | +33 | 県予選敗退 | |
2006 | 岩手県2部 | 3位 | 10 | 14 | 3 | 5 | 2 | 31 | 28 | +8 | ||
2007 | 優勝 | 27 | 10 | 9 | 0 | 1 | 40 | 12 | +28 | |||
2008 | 岩手県1部 | 優勝 | 28 | 10 | 9 | 1 | 0 | 49 | 12 | +37 | ||
2009 | 東北2部北 | 5位 | 16 | 14 | 4 | 3 | 7 | 21 | 33 | -12 | 村田大 |
メディア
テレビ
- おばんですいわて(いわスポ内「VIVA グルージャ」のコーナー)
- グルージャRUSH 毎週土曜 16:55 - 17:00
- mitスーパーニュース→mitみんなのニュース(「Mスポ」)
- GO!GO!!GRULLA(2005年 - 2011年)
ラジオ
- 浅見智のじゃじゃスポ 毎週月曜 18:20 - 18:30
- やるJ!グルージャ 毎週月曜 19:30 - 19:55
- GRULLA クルージャ!(2010年)
- 行くJ!グルージャ(2011年 - 2013年)
- Foot Jam 毎週金曜日20:00 - 20:30
新聞
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 1.5 1.6 1.7 “プロフィール:グルージャ盛岡”. 日本プロサッカーリーグ. . 2017閲覧.
- ↑ “グルージャ盛岡ホームタウン追加について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2017年6月28日) . 2017閲覧.
- ↑ “グルージャ盛岡 ホームタウン追加について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2017年12月12日) . 2017閲覧.
- ↑ “【クラブ】ホームタウン追加のお知らせ” (2017年12月12日). . 2017閲覧.
- ↑ “Jリーグ準加盟審査結果について” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2013年8月20日) . 2017-6-13閲覧.
- ↑ 引用エラー: 無効な
<ref>
タグです。 「J3
」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません - ↑ “前取締役による不正事案について” (プレスリリース), いわてアスリートクラブ, (2016年9月2日) . 2016閲覧.
- ↑ J3盛岡、前取締役の不正行為が発覚 約2400万円を私的流用「信頼回復に努める」(サッカーキング)
- ↑ 9.0 9.1 “前副社長によるクラブ資金私的流用に対し グルージャ盛岡に制裁を決定” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年11月16日) . 2016閲覧.
- ↑ “2017シーズン J3クラブライセンス判定結果について(現J3クラブ)” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年10月12日) . 2016閲覧.
- ↑ 前取締役不祥事の盛岡はJ3ライセンス交付継続審議(ゲキサカ)
- ↑ “2017シーズン J3クラブライセンス判定結果について (グルージャ盛岡)” (プレスリリース), 日本プロサッカーリーグ, (2016年11月16日) . 2016閲覧.
- ↑ “【チーム】楊帆選手 期限付き移籍加入のお知らせ” (プレスリリース), 公式サイト, (2017年8月15日) . 2017-8-17閲覧.
- ↑ サテライト・ユース選手 公式サイト, (2005年10月27日時点のアーカイブ) 2016年5月22日閲覧。
- ↑ トップチームニュース 2010年3月 公式サイト, (2010年9月26日時点のアーカイブ) 2016年5月22日閲覧。
関連項目
- グルージャ盛岡の選手一覧
- 八重樫茂生 (元スーパーアドバイザー)
- 斎藤重信 (チームアドバイザー)
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- GRULLA MORIOKAグルージャ盛岡 - 公式YouTubeチャンネル
グルージャ盛岡 関連テンプレート |
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テンプレート:グルージャ盛岡のメンバー テンプレート:グルージャ盛岡及びその前身チーム歴代監督 |