クロノメーター

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ファイル:Chronomètre à suspension.jpg
マリン・クロノメーター

クロノメーター: chronometer)は

  • 船の揺れや温度変化に影響されない、高精度な携帯用ぜんまい時計。
  • デテント式脱進機を装備した時計。
  • 天文台で精度検定を受けた時計。
  • クロノメーター検定協会による検定に合格した機械式時計。

名称はギリシア神話の時間神クロノスに由来する。クロノグラフとは名称が似ているが別物である。

マリン・クロノメーターの歴史

大航海時代

大航海時代に航海が増加して海難事故が多発するようになり、現在位置を把握するため精密な緯度や経度の測定法が求められたが、緯度は六分儀等による天体の位置測定で比較的容易に求められるものの、正確な経度は測定困難であった。この問題を解決するため1714年7月8日イギリス議会は高精度で経度を測定できる方法の発見に懸賞金を出す内容の経度法を制定した。経度の測定にはいろいろな方法が考えられたが、その一つが時刻と太陽の位置から測定する方法であった。

18世紀初頭もっとも精度の高い時計は振り子時計であり、すでに充分な精度を出せるようになってはいたが、波による揺れの影響の大きい海上では機能しないため、揺れる船舶の上でも正しい時を刻む高精度の時計(マリン・クロノメーターEnglish版)が必要とされた。

ハリソン・クロノメーター

1735年イギリス人の木工・大工職人のちに時計職人のジョン・ハリソンは頑丈なに揺れや温度変化を吸収するバネを取り付け、ねじを巻いている間も機械が作動し、ねじが巻かれた当初と緩んだ後でも時計の回転力が一定になる装置を備え、温度や揺れに強い置時計「クロノメーターH1」を製作した。その後1759年には直径5インチの懐中時計である4号機「クロノメーターH4」を製作、その誤差はイギリスからジャマイカまで81日間航行した間に8.1秒遅れただけ、すなわち年差にして約30秒という高性能を実現し高精度な時計の代名詞となった。

経度法委員会はラーカム・ケンドールLarcum Kendall 、1721年9月21日-1795年11月22日)に「クロノメーターH4」の複製を依頼、ラーカム・ケンドールは1769年に「クロノメーターK1」を作成した。この時計はイギリス海軍艦艇に配備され、ジェームズ・クック第二次航海の際にもその実用性が改めて確認され、イギリス海軍の作戦実行に大幅な改善をもたらし、作戦遂行能力を向上させた。

これらの時計は現在旧グリニッジ天文台イギリス海洋博物館に展示されている。

デテント・クロノメーター

ハリソンにより船舶上でも精密に作動する時計の製造が可能であると証明されたので、次の課題は安価かつ大量の製造に移った。

フランスのピエール・ル・ロワがデテント式脱進機を発明し、これ以降船舶の位置把握方法がLORANに置換されるまでデテント式脱進機を備えることがこの意味での「クロノメーター」と呼ばれるための条件となった。スイスのフェルディナント・ベルトゥーやイギリスのトーマス・マッジらが同時代の製作者として著名である。

スプリング・デテント式脱進機

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トーマス・アーンショウ

トーマス・アーンショウジョン・アーノルドらは18世紀後半にスプリング・デテント式脱進機を発明し、これまでと比較すれば非常に単純な構造で精度が出るようになったが、どちらが先に発明したのかが当時問題となり今もって判明していない。1790年にトーマス・アーンショウが完成させた「No.928/3815」は事実上の標準製品となり、以降ほぼ全ての製品がこれを手本とした[1]

ピヴォテッド・デテント式脱進機

後にはピヴォテッド・デテント式脱進機が一般的になった。ピヴォテッド・デテント式クロノメーターは姿勢差が大きいためジンバルサポートで水平を保つようにされているのが普通である。

この分野ではスイスのユリスナルダンが圧倒的な地位を占めていた。戦艦三笠に搭載されていたマリンクロノメーターもユリスナルダン製であり、現在横須賀市の記念艦「三笠」に展示されている。

他にはアメリカのハミルトンの製品が著名であり、その他デント、ゼニスブレゲ[2]ジラール・ペルゴランゲ・アンド・ゾーネ[3]、セイコー(現セイコーホールディングス)等も製造したことが知られる。パテック・フィリップはムーブメントのシリアルナンバー112131、ケースナンバー401640の一基だけを製作し1921年-1922年のジュネーブ天文台賞1位を取得している[4]

ボード・クロノメーター

現在機械式時計の形式として一般的なクラブツース式脱進機を備える時計も充分な精度を持つようになってからは同様の用途に使用されるようになったが、これらは「ボード・クロノメーター」または「デッキ・クロノメーター」と称されデテント式脱進機を備える「マリン・クロノメーター」と区別されていた。またクォーツ式のクロノメーターも製造されるようになった。

天文台による検定

マリン・クロノメーターの開発が華やかなりし時代には各天文台が頻繁にマリン・クロノメーターの精度コンクールを開催した。賞金と名誉、そして自らの宣伝のために時計師たちはこぞってコンクールに参加した。

時計製造が工業的になされるようになってもこうした精度コンクールは続き、自社製品の優秀性を宣伝する場となった。一方で工業製品としての規格や中立的な基準が求められるようになり、各天文台やスイスの公的機関がそれぞれ基準を作成して製品の精度を検定するという形で時計の精度に「クロノメーター級である」などとの認定を行なうようになった。

時計精度の面でイギリスやフランスに追いつくため、スイスは1790年1792年にジュネーブ旧天文台でコンクールを開いた。1859年には時計業界の要請によりニューシャテル天文台が設置され、1860年より懐中時計の検定を始めた。この状況を受けて1900年パリで行なわれた測時法国際会議でデテント式脱進機を備えていなくても精度さえ高ければクロノメーターと称することができる旨定められた[5]

1961年にはニューシャテル天文台に電子式クロノメーターが出品された[6]

BOからCOSCへ

さらに時代を経ると国際的に統一された精度基準としてクロノメーターの基準が求められるようになった。スイス時計製造業者組合連合会(Federation de l'industrie horlogere suisseF.H.)は1939年に「クロノメーターは時計歩度公立検定所の名を持った権限により定められた若干の規定に合格しなければならない」と規定し、1952年にはスイスとフランスによって組織されたクロノメーター作業調整国際委員会が公認機関により公認歩度証明書を交付することを決めた。この協定には後にドイツとイタリアが参加し、コンクールと特別調整時計を担当する天文台はスイスのジュネーヴヌーシャテル、イギリスのキュー、フランスのブザンソンが、一般時計を検定する時計歩度公認検定局(Bureaux OfficialB.O.)としてはスイスのラ・ショー=ド=フォンビールル・ロックル、サンティミエ(Saint-Imier )、ジュネーヴ、ル・サンティエ(Le Sentier )、ル・ルソール(Le Ressort )、イタリアのミラノ、ドイツのハンブルクシュトゥットガルトブラウンシュヴァイクが公認を受けた[7]

1961年には上位規格として優秀級が定められた。1965年には国際標準化機構でクロノメーター規格について論ぜられるようになり、1976年にはクロノメーター規格がISO規格として定められた(ISO 3159)。1973年にスイスの時計歩度公認検定局はスイスクロノメーター検定協会Contrôle Officiel Suisse des ChronomètresC.O.S.C.)に組織変更した。現在機械式ムーブメントは次のような条件により15日の時刻の遅れや進みを測定・記録し、値を算出する。

姿勢差

  1. 垂直・12時位置下向き(0-2日目)
  2. 垂直・12時位置右向き(3-4日目)
  3. 垂直・12時位置左向き(5-6日目)
  4. 水平・文字盤側下向き(7-8日目)
  5. 水平・文字盤側上向き(9-13日目)
  6. 再び垂直・12時位置下向き(14-15日目)

温度差

  1. 温度23℃(0-10日目)
  2. 温度8℃(11日目)
  3. 再び温度23℃(12日目)
  4. 温度38℃(13日目)
  5. 再び23℃(14-15日目)

基準項目

  1. 平均日差 - 1日を経過しての進み遅れの最初の10日の平均
  2. 平均日較差 - 同じ姿勢と温度で測定した2日間の日差の差(日較差)の平均
  3. 最大日較差 - 最初の10日の5姿勢の日較差の最大値
  4. 垂直・水平の姿勢差 - 垂直姿勢での平均日差から、水平姿勢での平均日差を差し引いた値
  5. 最大姿勢偏差 - 最初の10日の各日差と平均日差との最大値
  6. 温度係数 - 温度が8℃の日の日差と38℃の日の日差の差を温度差で割った値
  7. 復元差 - 14-15日の日差から、0-1日の日差および1-2日の日差の平均値を差し引いた値

認定基準(機械式時計の場合)

【ムーブメントの直径20mm以上で面積314mm2以上の場合】

  1. 平均日差=-4〜+6秒
  2. 平均日較差=2秒以内
  3. 最大日較差=5秒以内
  4. 垂直・水平の姿勢差=-6〜+8秒
  5. 最大姿勢偏差=10秒以内
  6. 温度係数=-0.6〜+0.6秒
  7. 復元差=+5〜-5秒

【ムーブメントの直径20mm未満で面積314mm2未満の場合】

  1. 平均日差=-5〜+8秒
  2. 平均日較差=3.4秒以内
  3. 最大日較差=7秒以内
  4. 垂直・水平の姿勢差=-8〜+10秒
  5. 最大姿勢偏差=15秒以内
  6. 温度係数=-0.7〜+0.7秒
  7. 復元差+6〜-6秒

クォーツ・ムーブメントにもクロノメーター規格はあるが、機械式が年間140万個以上が検定を受けるのに対してクォーツは数万個と微々たるもので、その9割以上がブライトリングのムーブメントで占められているという現状である。

日本におけるクロノメーター

1960年より前には、日本の時計メーカーはクロノメーター規格に合致していなくても精度が他より高めの時計の文字盤に勝手にクロノメーターの文字を入れたり、場合によっては全く精度も変わらない単に文字だけ入れる偽物を作っていた[8]

1960年にセイコーが自社検定ながらクロノメーター規格に準じる検定を行ない歩度証明書を添付した「グランドセイコー」を発売、1962年シチズンがクロノメーター優秀級に準じる「シチズンクロノメーター」を発売した[9]。これに対しスイスから「時計歩度公認検定局によらない検定でクロノメーターの表記をすることは国際協定違反であるから中止すること」「速やかに日本国内に時計歩度公認検定局を設置すること」という要求があった。これを受けて1966年にはセイコーが自社検定品へのクロノメーター表記を中止した。また1968年に日本クロノメーター検定協会が発足、1969年に日本時計検査協会に業務委託する形で検定を開始、1970年には国際クロノメーター検定協会の審査に合格した。セイコーのキングセイコークロノメーター、シチズンのクロノマスターやレオパールハイネスなどがこの検定を受け、「Chronometer OFFICIALLY CERTIFIED」(公認クロノメーター)と文字盤に表記し発売された。

しかしその後クォーツに押されて検定数が激減し、1984年に日本クロノメーター検定協会は解散した。このため1998年に発売されたセイコーのクレドール・クロノメーターはスイスに送ってC.O.S.Cの検定を受けている[10]

脚注

  1. 『軍用時計物語』p.212。
  2. 『世界の特選品 時計大図鑑』p.102。
  3. 『ヴィンテージウォッチ2nd』p.58。
  4. 『THE ART OF PATEK PHILIPPE GENEVA VOL.1 SUNDAY,APRIL9,1989』p.276。
  5. 『ヴィンテージウォッチ5th』p.136。
  6. 『時計史年表』p.146。
  7. 『ヴィンテージウォッチ5th』p.137。
  8. 『ヴィンテージウォッチ5th』p.137。
  9. 『ヴィンテージウォッチ5th』p.137。
  10. 『ヴィンテージウォッチ5th』p.138。

参考文献

  • Sobel, Dava (1995). Longitude: The True Story of a Lone Genius Who Solved the Greatest Scientific Problem of His Time. New York: Penguin. ISBN 0-14-025879-5. 
  • Sobel, Dava & Andrewes, Willam J.H. (1998). The Illustrated Longitude: The True Story of a Lone Genius Who Solved the Greatest Scientific Problem of His Time. New York: Walker Publishing Co.. ISBN 0-8027-1344-0. 
  • North, Thomas (1882). The Church Bells of the County and City of Lincoln. Leicester: Samuel Clark, 60–61. 
  • Habsburg, Feldman『THE ART OF PATEK PHILIPPE GENEVA VOL.1 SUNDAY,APRIL9,1989』
  • 経度への挑戦―一秒にかけた四百年 ISBN 9784881355053
  • 『ヴィンテージウォッチ2nd』日経BPムック ISBN 4-8222-2807-X
  • 『ヴィンテージウォッチ5th』日経BPムック ISBN 4-8222-2675-1
  • 今井今朝春著『軍用時計物語』光文社文庫
  • 別冊家庭画報『世界の特選品 時計大図鑑』世界文化社
  • 『時計年表』浅井 忠
  • 『時計史年表』河合企画室
  • G.H.バイリー、C.クラトン、C.A.イルバート著、大西平三訳『図説時計大鑑』雄山閣出版