オレンジ自由国

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オレンジ自由国(オレンジじゆうこく)、またはオランイェ自由国(オランイェじゆうこく)は、かつて南部アフリカに存在した共和国

地理

オレンジ川ヴァール川に挟まれた地域に建てられた。なお、ヴァール川の対岸(北側)には、「ヴァール川の向こう」を意味するトランスヴァール共和国が建てられた。

国名の由来

国名の「オレンジ(オランイェ)」は、南部国境を形成するオレンジ川にちなんだもの。そのオレンジ川という呼称は、オランダ王家のオランイェ=ナッサウ家に由来する。

歴史

現在使われていない歴史的な旗?南アフリカ共和国の旧国旗。オレンジ自由国の国旗は中央部にある3つの国旗デザインのうち中央。

1854年にボーア人(アフリカーナー)によって建国された。

1860年代以降、西部グリカランドキンバリーダイヤモンド鉱山が発見されると、白人の鉱山技師が大量に流入しはじめた。イギリスはこの技師たちの保護を大義名分としてオレンジ自由国を領有化する(この技師たちの中には、後にデ・ビアス社を創設するセシル・ローズも含まれていた)。

しかし、白人の待遇がアフリカーナーより遥かに悪いため、イギリスのケープ植民地への軍事力が大幅に増強され、1899年には第二次ボーア戦争をおこした。オレンジ自由国は激戦の末敗れ、1902年フェリーニヒング条約によってイギリス植民地になった。1927年から1994年までの南アフリカの国旗では、中央部にオレンジ自由国の国旗があしらわれていた。

1910年南アフリカ連邦の建国により行政区分に組み込まれ、オレンジ自由州オランイェ自由州)となった。1995年フリーステイト州(フレイスタート州)に名称変更され現在に至る。

関連項目

テンプレート:ボーア諸共和国

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