オスマン3世

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オスマン3世Osman III, またはオスマーヌ・サリス、Osmân-ı Salis, 1699年1月2日 - 1757年10月30日)は、オスマン帝国の第25代皇帝(在位:1754年 - 1757年)。父は第22代ムスタファ2世、母はセルビア系。マフムト1世の弟。

生涯

1754年に兄の死去により帝位を継ぐ。在位期間がわずか3年のため目立った事績はない。3人の夫人(側室)の名前が伝わるが、女嫌いで子が出来なかった。女嫌いのあまり、その姿を見ないために宮中で鉄製の靴を履いており、皇帝の勘気に触れることを恐れた女達はその靴音を聞くや逃げ失せたといわれている。また音楽嫌いで、彼の治世中は宮中での音曲一切が禁止されていたという。1757年の死後、従弟のムスタファ3世が次の皇帝に即位した。

治世中の1755年1756年に帝都イスタンブールで大火があり、キリスト教徒ユダヤ教徒など異教徒に対する寛容さが失われていった時代であった。兄が着工したヌルオスマニイェ・モスクは彼の治世に竣工した。